トム ヨシダブログ


第586回 「車はちょっと悪めが素敵」

169-03
我が終の相棒
 
NAリッター100馬力エンジン
レッドゾーン7500rpm
クロスレシオ6速MT
ダブルアクシスストラット
車重1240Kg
トレッド/ホイールベース比0.588

2017年2月に 『今は昔』 と題したブログをアップした。

その中身はFB友達でクルマ雑誌界の知己とのやりとり。簡潔に言えば、純粋にクルマの運転そのものを楽しむ風潮が衰退したことへの嘆き節、になるのか。無情無常を憂いているのだけれど、でもあながち間違いではない。自動車技術の発達とともにクルマが平易な道具になり運転することへの意識が薄らいできている今、運転するということの意味、運転という人間の営みに思いをめぐらす必要は大いにある。青春時代から、そして自動車媒体の責任者としての肩の荷を下ろすまで何10年もの間クルマ一筋に走ってきたそれぞれがあの日どんな思いでいたのか、目を通してもらえると筋が見えると思う。

まして、内燃機関を動力とするクルマの先行きに展望を持てない現在においては、クルマの価値についても再考する必要があると考えている。

閑話休題。それにしても、不明にも4年前にはクルマ社会がこれほどの変貌をとげるとは思っていなかったし想像もしなかった。油断があった。それほど現代社会を取り巻く大気汚染の問題が深刻だったのにもかかわらず。いずれそんな日が来るだろうと漠然とは感じていたけど見通しが甘かった。

今年1月。EUが2020年に導入した新しい二酸化炭素(CO2)規制をわずか0.5g超過したとしてVWが200億円(‼)の罰金を受けることになったというニュースを目にした。クルマを売ると罰金? 排出ガスの規制は車種ごとの違いや排気量の違いで数値が異なり、1Kmあたり排出量50g以下のクルマは複数台に数えられるという補足があるから単純な計算では算出できないだろうけど、少なくとも二酸化炭素の排出量を減らさなければ罰金を払わなければならないのだから、EUに軸足を置くメーカーはこぞってEVやPHVの増販にやっきにならざるを得ない。
※2021年規定によるとEUでクルマを販売するメーカーは全販売台数平均で1Km走行時にCO2の排出量を95g以下に抑えなければならない。クルマに造詣の深い人に聞いた話だけど、1Kmあたり95gというのは燃費に換算すると24Km/Lになるらしいから簡単には達成できないだろうな。

その上、現状では脱炭素化がユーザーにも負担を強いている。1998年に欧州自動車工業会が欧州委員会と協議し自主規制によるCO2排出削減目標を設定し、同年フランスが自動車登録税の課税標準の算出にCO2排出量を織り込んだのを皮切りに、ヨーロッパ各国は横へ倣えで取得や所有に係る自動車税の税率にCO2排出量を加味することになった。国によっては排気量による課税を追加している例もあるようだ。聞くところによると、ヨーロッパではメガーヌRSの税金はCO2排出税が加わり500万円の車両価格に対して100万円近くになるという。取得や保有に係る税金が車両価格の5分の1ほどにもなるのだから、まだCO2排出税が現実のものではない日本に住むユーザーは幸いということか。

VWが規制未達成を発表した1週間前の1月14日。ルノーグループは2025年までのビジネス戦略を発表した。その中にはCセグメントでのシェア拡大を目指しながら、2025年までにグループで導入する25車種のうちの10車種がフルEV(‼)になると付け加えられていた。またルノーとアルピーヌの立ち位置を明確により鮮明にするとも。

4月26日:ルノーグループはルノー・サンクの再来と目するルノーR5をフルEVとして2025年に発売すると発表
5月1日:ルノーグループはルノー・スポール・カーズをアルピーヌ・カーズの名の元に再編したと発表
5月6日:ルノーグループは次世代メガーヌにフルEVを設定し近い将来発売すると発表
6月7日:ルノーグループはメガーヌE-TECHエレクトリックプロトタイプを発表

1月14日の発表には、フルEVのBセグメントハッチバックとフルEVのCセグメントクロスオーバーがアルピーヌの新型車として登場するとも明記されていた。さらにアルピーヌはロータス社との協業を進め、A110の後継車はフルEVになるとの記述もあった。大筋としては今後、RS=ルノースポールのバッヂをまとったモデルが出てくる可能性は限りなく低く、ルノーグループが新たに投入するスポーツカー、スポーティカーはアルピーヌの名を冠したフルEVになる可能性が高い、ということになる。

どうやら流れは完全にEV化に向いていると言わざるを得ない。EVはスクールの時に乗ったBMWのi8と日産リーフしか経験がないから、これからやって来るであろうクルマ社会を想像することは難しいし自分がEVにどんな印象を持つのか大いに不安がある。大気汚染の悪化を防ぐためにはEVがマストだと言われても、深夜のサービスエリアでエンジンをかけっぱなしにしている無数のトラックを見るとなんだかなぁと思うし、クルマを作るのにもエネルギーを消費するわけだし。排気ガスをきれいにする、出さないようにすることが求められていることは重々承知しているけれど。  130年余り自動車という世紀の発明を動かして続けてきた内燃機関。それを動力とした自動車が将来的には姿を消していくことは確かなようで寂しさもあり、爆発力と瞬発力が魅力のホットハッチの新型車はもう出現しないかも知れないという落胆もあり、延命策はないのかなとかあれこれ考えてしまうと頭の中のモヤが深まるばかり。

だから、ここはひとつ。ひんしゅくを買うかも知れないことを覚悟で、SさんとMさんが同意してくれることを期待しつつ、今のうちに買える人はルーテシアでもメガーヌでも構わないからルノーのRSモデルを買っておきましょう、と声を大にして訴えておきたい。

高校1年で免許をとってから56年間。内燃機関の爆発力と雄たけびに心奪われてきた身としても、ルノー・ジャポンのおかげで1台のGTとRSの全てのタイプ8台を堪能することができた身としても、ルノー・スポール・カーズが送り出すあのエンジンと足回りを今のうちにできるだけ大勢の人に味わってほしいと切実に思う。個人的には速いクルマが好きだ。かと言って圧倒的に速い必要はない。日常の現実的な等身大の速さが卓越していて手足のように動いてくれればそれでいい。走りを高い次元でまとめてあるRSはふつうのクルマよりちょっと悪めだから、自分とそして運転に向き合うにはうってつけなのだ、と言ったら誤解を生むか。

それほど遠くない将来、もうあの背筋がゾクッとくる刺激が味わえなくなる日が来そうなのだから。そして、わが国では車歴13年を超えると維持するのが重荷になってしまうけど、旧モデルのRSを含めできるだけたくさんのRSの個体がクルマ好きの手によって日本の道を走り続けてほしいと思うから。RSはただただ楽しむために走らせる価値が十分にあるクルマであることは間違いないし、スクールに来てくれれば楽しみを倍加させる方法は教えることができますから。

同時に、すでにRSを手にしている方はぜひその良さを満喫しつつ大切に乗り続けてほしいと心から思う。

 

【追記】   ブログに登場してもらったMGミジェットとアバルト595を所有していたSさん。最後のステージとしてミジェットとアバルト595を次々に処分してNDロードスターを買ったそうな。SさんはSさんらしく、人生オープン日和を貫く覚悟やよし。  ただただ楽しむために走らせるんですよね、Sさん。

 

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1台目相棒

135-12
2代目相棒

305-02
3代目相棒

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4代目相棒

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5代目相棒

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6代目相棒

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7代目相棒

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8代目相棒

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9代目相棒



第483回 続 = 空気の流れが変わる

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第482回 最近の目から鱗 = 空気の流れが変わる をアップしたら、ユイレーシングスクールの常連でYRSオーバルレースにも参加しているKさんから風の流れが変わる理由について以下のようなメールが届いた。

『 ルノーのブログのエアコンの風の件を読ませていただいたのですが、もしコーナーの回り始めであればロールやヨーの加速度で気流が振られている要素も有るのではないかという気がしました 』。

そう言われるとそんな気もする。あなたはどう思われますか。ご意見お聞かせ下さい。 ユイレーシングスクールメールアドレス



第482回 最近の目から鱗 = 空気の流れが変わる

自動車雑誌の原稿を書き始めたころからだから、かれこれ45年あまり。ずっと気になっていたことがある。

夏の暑い日にエアコンを入れてダッシュボードのベントからそよぐ風を身体に感じながら運転していて、コーナーを回り始めると風が身体にあたる位置がコーナーに対して内側に、つまり左コーナーの場合は身体に風があたる位置が左側に移動するのを感じた。「え~っ、右じゃないの? 遠心力を受けているはずなのになぁ。おかしいなぁ」と思ったことが始まり。

それ以来、風の向きが変わるのを感じるたびに、なぜだろ? おかしいよな? と一瞬思うものの、クルマを動かす上で支障になるわけではないし、そのうち調べればいいやになったり、理由を知りたいという気持ちもクルマを動かすことへの興味ほど強くなく、ついぞ自分が持ち合わせている知識に逆行する風の流れの正体を知るには至らなかった。早い話、ほっておいたのだけど。

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ルーテシアⅢRSのセンターベントとサイドベント

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フィットRSのセンターベントとサイドベント

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ルーテシアⅣRSのセンターベントとサイドベント


4月、5月のスクールを立て続けに中止にしたし外出を控えていることもあってふだんできないことをやっているのだけれど、ある日、週1回にしている買い物に行くためにクルマに乗った時にエアコンの風のことを思い出した。

しかし、どう考えても自分の知識と経験だと「風は遠心力を受けて外側にそよぐ」という結論以外には思いあたらず、このままだとまた未解決のままになってしまうという意識も頭の片隅にあって、ここは他力本願だけどネットの質問箱に投書してみようと決めた。

そして、質問を書き込んでから2日目には回答が書き込まれた。恥をさらすようだけど、自分では思いつかない発想だったし、十分納得のいく内容の回答だった。慣性力の話はスクールでも頻繁に話しているというのにだ。

質問: エアコンをかけた車に乗っていてダッシュボードのベントからの風を身体で感じている時ですが、コーナーを曲がるとベントから出る風の向きがコーナーのイン側に変化するのを感じます。コーナーを回っているのですから、本来なら遠心力でコーナーの外側に向かうのではないかと思います。理由がわかる方の回答をお待ちしています。

回答: 空気と人間の体の質量は圧倒的に人間の方が大きい事はあたりまえですよね。遠心力は質量に比例します。と言う事は質量の大きい人間の体の方が圧倒的に強い遠心力を受けます。人間の体のほうが空気より大きな遠心力を受けてアウト側に傾きます。其の時、相対的に動きの遅い空気がイン側に動いたように感じるのです。しかも空気は室内に密閉されている為動きがさらに窮屈になります。結論として人間の体がアウトに流れる為空気がインに流れるように感じるでした。


自分ではそういう自覚はなかったのだけど、いかに人間本位に物事を見ているか、今さらながらに感じた。
風の流れが内側に変わったと感じたのはあくまでも主観であって、状況を客観的に見れば、あるいは俯瞰して見れば、そして相対的な目で見ればその理由にたどり着けたかも知れない。まだまだ精進が必要だと痛感。回答を寄せてくれた Hi-dessan さん に感謝です。



第443回 人間と自動車技術の進化

今から54年前。バイアスタイヤしかなかった時代。10インチタイヤを履いた全長3,000㎜、排気量360㏄の小さな軽自動車で運転の楽しさに目覚めてからというもの、クルマが自分の能力を拡大してくれるモノだと確信してからというもの、自動車技術の進化には常に心が躍ったものだ。自分自身が成長できるような気になったと表現したら、言い過ぎか。

運転を始めて数年経ったころだと思う。初めてラジアルタイヤを履いたクルマに乗った。ミシュランXASを履いた初代カローラだった。まだ国産のラジアルタイヤはない。
これは衝撃だった。ステアリングを切ると間髪を入れずにクルマが反応し、しかも路面のわだちにも影響を受けない。外乱も少ない。バイアスタイヤでは細かな修正を続けるのが当たり前であったけど、ラジアルタイヤはクルマを前に進めることだけに集中することを可能にした。進歩ではなくクルマの進化。

半世紀の間、クルマの進化を目の当たりにしてきて、その過程で少しずつ、自分がクルマに求めるものが明確になっていった。こういうクルマが欲しいという明確な指標を持てるようになった。ところがそのようなクルマが存在するわけもなく、手足のように自由に操れるクルマ、思いのままに動かせるクルマがあるといいな と。

それは、まず軽いこと。全長は4mぐらい。後輪駆動。前後の重量配分が50対50に近いこと。前後のオーバーハングが短く、かつオーバーハングマスができるだけ小さいこと。NAエンジンで200馬力は欲しい。そんなイメージ。現実的ではない性能は必要ではない。交通の流れを余裕を持ってリードできる。けれど、できるだけ人間の重さとのクルマの重さの差が少ないほうがいい。クルマの運転というものは運動エネルギーを転換する作業だし、運動エネルギーは車重X速度の二乗の半分だから、車重が軽ければ加速減速旋回のどの場面にも有利だ。それが持論。

第347回で紹介したYRS Eプロダクションロードスターを作りたいと思った動機もそこにある。

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2010年に終の愛車として衝動買いしたルーテシアⅢRSは前輪駆動。他の要素は満たしているけど、操舵輪と駆動輪が同じでフロントヘビーなクルマ。それでもいいと思ったのは、広いトレッドやボディの作りこみ、疑似ダブルウィッシュボーン的なダブルアクスルストラット、リッター当たり100馬力を超え7,500rpmまで回るNAエンジンなどの魅力が、前輪駆動という不利点を上回ったから。フロントが重いのと前輪駆動の特性は乗り手の腕で補う自信があったから。

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そして今年5月。四国の山の中でアルピーヌA110に乗る機会があった。ルノーネクストワン徳島の一宮さんを助手席に乗せて走り出した瞬間、背筋に緊張が走った。車高が低いツーシーターではあるけれど、それ以外は全て自分が育んできた理想のクルマのイメージとぴったり重なった。そこには、利点を生かすために運転手が不利点を補わなければならない、という計算は必要でなく、あくまでも個人的にだけれど、利点ばかりのクルマだった。半世紀にわたって温めてきた自分の理想のクルマ像、手足のように自由に扱えて思いのままに動かせるクルマに初めて出会った現実。顔がほころぶほど嬉しかったのを覚えている。

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具体的な利点を挙げだすときりがないので省くけど、今のところアルピーヌA110の不利点は見いだせない。だから、独善かも知れないけれど、利点だらけのクルマをできるだけたくさんの人に味わってほしいと思って、YRSオーバルレースとYRSオーバルスクールの参加者に乗ってもらったというわけだ。

あとは、味わった人が自分のクルマでもアルピーヌA110のように安定した走りができるようなイメージを育ててくれれば、ユイレーシングスクールの20周年にふさわしかったのではないかと。

よどみのないA110の走り

12月1日のYRSオーバルスクールに参加された方のアルピーヌA110試乗記は来年初めに紹介する予定です。



第245回 物理はもののことわりです

フェイスブックで以下のような一文に出会った。書かれたのは植松電気の植松 努さん。あの『下町ロケット』のモデルになった人だという話もある。

ロケットをめぐる植松さんの広範囲な活動はそれぞれに検索していただくとして、ここでは、ロケットとクルマを結びつけるのは無理があるけれど、植松さんの考え方を、クルマの運転の上達を目指す人に伝えたくて全文を紹介させてもらうことにします。


『僕の筋肉の絶対量はたいして多くはないと思います。運動能力も低いです。でも、僕は、力仕事は、けっこう得意です。なぜなら、小さい頃から、力仕事をさせられてきたからです。

それは、つらい経験でした。でも、その過程で、力が無い僕は、体の上手な使い方を考えたのだと思います。

相手の重さと、重心と、モーメントを考えます。そして、自分の重さと、速度や力の方向を考えます。そして、相手の重さと自分の重さを、くっつけたり、離したりして、相手を動かします。

小さい頃からの力仕事をさせられた経験で、僕に身に付いたのは、根性や筋力ではなく、論理的に考える力だった気がします。
なにせ、父さん1人の会社ですから、力仕事も、まかされっぱなしです。1人です。だからこそ、ああだこうだ言われないですみました。自分で考えて試せたのがよかったのだと思います。

若い人の中には、いい体格をしていて、運動能力も高いのに、重たいものを動かすのがとても下手な人達がいます。見ていてすぐにわかりますが、俗に言う、「腰が入っていない」状態です。それは、実際には、自分の重心と質量を、相手を動かすために有効に使えていない、という状態です。これは、筋力や根性が足りないのではなく、体の使い方を知らないだけです。与えられた体の使い方しか知らないから、ちがう体の使い方ができないのです。

残念ながら、つらいことや、苦しいことに、耐えることが強さだと思い込んでる人がたくさんいます。だから、子ども達に、過度に苦しい思いをさせる教育者もいます。

「理由なんて考えなくていい!黙って指示されたとおりにやればいいんだ!」でも、こういうことをすると、つらいことに耐える力は身に付きません。自分の感情や心を押し殺してがまんするだけです。それでは限界は低いです。また、命令されないと、指示されないと、何もできない人になるだけです。

僕は、人の限界を高め、能力を発揮させるために大事なのは、つらい経験や苦しい経験ではなく、論理的に考える能力のような気がします。

だから、物理が嫌い、という人が多いのが残念です。物理は、もののことわりです。とても大事な学問だと思います。』


ドライビングスクールでも、『自分で天井を作るのは損です。オーバースピードでターンインした時に何が起きるか試してみて下さい。クルマは物理の法則に従って動きます。オーバースピードでターンインしてもクルマのバランスを崩さない方法はあります。まずそれをイメージして、その通りに操作してみて下さい。高い速度でクルマを曲げてみなければわからないこともあるのですから』と伝えます。

レベルはとんでもなく違うし遠くおよばないことは百も承知だけれど、物事を理詰めで考える機会を創り、人が物理的に考える手伝いをし、人本来の力を信じてやまない植松さんの生き方にに近づけるように、長く長くドライビングスクールを続ける覚悟を改めました。

他にも含蓄に富んだ文章に出会える植松さんのフェイスブック。興味のある方はどうぞ。


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写真は植松電気のホームページから拝借しました
文章の引用も植松さんに許可をいただいています


第236回 鬼神は実在する

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ルノーとも4輪自動車とも関係ないが、公開されているものに無断で手を加えたビデオを見て欲しい。
モーターサイクルレースの最高峰、2015MotoGPアメリカGPの予選の模様だ。最終的にポールポジションを獲得するマルク・マルケス選手の戦いぶりが収められている。

エンジンで動く乗り物が好きな人間にとって、速度の上昇に伴って加速度的に増加しながら眼前に立ちはだかる巨大な力、運動エネルギーのコントロールこそあこがれの最たるものだ。

予選残り3分でマシントラブルに見舞われたマルケス選手はピットロードを自身の足で駆け抜け、スペアマシンに飛び乗り、暴れるマシンをなにごともないように操り、3つ全てのスプリット区間でベストタイムをたたき出しながらコントロールラインを目指す。そしてポールポジション。

モーターサイクルに乗ったことのない人も4輪を運転したことがあれば、おそらく、なぜあのような高速で運動エネルギーを制御しながら、大胆とも言えるコントロールをごく自然に続けることができるのか不思議に思うに違いない。

 

ふつうの人にはできないことを簡単そうにやってのける人がいる。
ふつうの人には想像のできない領域でバランスを保てる人がいる。

自分にできるかできないかはどうでもいい。ただただ、同じ時代に同じ世界にいて、彼が成し遂げたことの証人になれたのだから、これほど幸せなことはない。

 

 

※ IE(Internet Explorer)でビデオを視聴するのが困難のようです。Chromeやsafari、Firefoxなどのブラウザをご利用下さい。


第216回 Tribute to his NA6

第110回 に登場してもらった大森さん。12月のYRSオーバルレースFSW最終戦を最後にクルマを乗り換えると言う。

それならばとYRSオーバルレース参加者に協力してもらって記念撮影をして、それを動画にまとめた。

第110回でも触れたが、実は大森さんはユイレーシングスクールの最多参加回数を誇る。最初が2000年2月12日のYRSドライビングワークショップ桶川で17年後の今回が191回目。スクールレースで1日にYRSエンデューロとYRSスプリントの両方に参加したことがあるとは言え、すごい数字だ。サーキットを走るかユイレーシングスクールに来る以外は乗らないというのに、1999年夏に購入した時に35,000キロほどだったと言うオドメーターは151,886キロを刻んでいた。

◎ 大森さんとNA6



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最後の記念写真を撮る大森さん

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クルマは丈夫なんだと証明したNA6

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151,886キロ

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アメリカで作った対候年数8年のステッカーも今や色あせて

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ロードスター仲間との話がはずむ

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陽が高いうちに全員で送別会


我々が抱く好みとか熱意とか憧れといった思いとは異なり、形のあるものはいずれ朽ちる宿命にある。

そのでんでいけば、我々の思いを乗せて走ってくれるクルマなのだから、動いている間はその価値を最大限に生かすため、その機能を最大もらさず使わせてもらうのもひとつの流儀だと思う。


第203回 懐かしい嬉しさ

隣町に用事があって行った時に、今ではめったに見ることのできないクルマに出会うことができた。なんか懐かしい友達に会ったような感じがして嬉しくて、忙しそうに作業をしているオーナーにずうずうしくも声をかけてしまった。

なんと、そのマツダT2000は現役なんだそうで、運転がちょっと独特で難しいね、とおっしゃるオーナーがたまに転がしているそうだ。

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角を曲がったら目に飛び込んできた、なんか懐かしい景色

1960年代のクルマがまだ現役で走っているのはすごいことだ。古いクルマに優しくない我が国にあって、維持してその上運転を楽しんでいるというのだから。

その昔。東京の下町にあった自宅の前の道を行き来するのはアメリカ兵が乗るジープ、八百屋さんのオート三輪、米屋さんのオート三輪、近所のお偉いさんを乗せた大きな外車と、汲み取りにくるバキュームカーだった。
八百屋さんも米屋さんも、バキュームカーから伸ばしたホースでたくみにボールを吸い込んでいた人も、みんなみんなボクのヒーローだった。小学校時代の作文に「将来はバキュームカーの運転手になりたい。毎日クルマに乗れるから」と書いたことがあると、いつだったか法事の時にいとこに聞いたことがある。

懐かしさと嬉しさを運んできてくれた出会いだった。

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キャンバストップだ

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この愛嬌のある顔は捨てがたい

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2輪車のようなフロントサスペンション

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オーナーのこだわり の1
なんとブレーキラインはステンレスブレイデッドホースに換えてある!

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オーナーのこだわり の2
乗る頻度が少ないのかバッテリーには保護のためにカットオフスイッチが追加されている

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フェンダーミラーと呼んでいいのかね?

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気持ち大径のステアリングホイール
シフトレバーはステアリングコラム右にある

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2リッターにしては細いテールパイプ

現代の水準からするとクルマとしての機能は低いかも知れないけれど、それだけで存在が否定されるべきではないし、人間を乗せて走り回れるうちは長く長く現役でいてほしいと思うぞ。


第115回 加速度のすすめ

パスポートに押されたスタンプを数えてみると、今までに101回日本とアメリカを往復していた。うち1回は取材を兼ねて千葉港からバンクーバー経由でポートランドまで自動車輸出専用船で海を渡ったので、100回と半分を飛行機で往復したことになる。その飛行機にまつわる話。

あれこれ思い出しながら出入国記録を見ていたのだが、今さらながらに文明の利器である飛行機の偉大さを感じた。移動に費やす時間さえいとわなければ、座っているだけで苦もなく太平洋を飛び越えることができる。飛行機という移動手段がなければ、20代の頃に日本を脱出しようとは考えなかったに違いない。

しかし、クルマと同じく人間の生活圏を拡大してくれる道具ではあるけれど、実は飛行機に乗ることはあまり楽しくはなかった。小学生のころから模型飛行機に夢中で翼の真ん中が膨らんでいることも知っていたし、後に翼が揚力を生むことも学んだ。理屈ではわかっているつもりなのだが、あの重たい機体が空に舞い上がる道理が今ひとつ生理的に納得できない。飛行機に乗っていれば床は確かにそこにあるけれど、自分の身体が宙に浮いていることには変わらず不安は消せない。

だから、無理やり目的地に着いてからの予定を想像することで気分を紛らわせてシートに座るのが常だったが、実はひそかな楽しみもあったりする。乗っている飛行機が生み出す加速度だ。

何度も往復しているうちにいろいろなことを経験した。偏西風が強い冬は日本からアメリカに向かう時の所要時間が短くなるが、逆に日本行きは時間がかかってしまう。
実際、離陸後に機長が「ご搭乗ありがとうございました。今日は偏西風が強く・・・」とアナウンスした時は成田からロサンゼルスまで8時間を切ることがあった。税関を出たら待ち合わせの時間より小1時間も早く、時間をもてあましたことも覚えている。

アメリカに向かったある日。座席前のモニターに映し出される対地速度が瞬間的に1,030キロを超えたこともあった。いつもは960~980キロだからかなり追い風が強かったに違いない。

時速1,000キロといえばとんでもない速さだ。しかし、その速さを実感できるかと言うとそうでもない。離陸や着陸の時に窓の外を流れる景色をみればその速さを相対的に感じることができるのだが、上昇してし巡航に移ってしまうと、自分がそんな速度で移動しているなんてイメージすることは難しい。

しかし加速度には、あくまでも個人的な印象ではあるけど、実体がある。

例えばテイクオフ。その日によってフライングスタートであったりスタンディングスタートであったりするのだが、あの巨体が速度を上げていく時間は大のお気に入り。だから、あの加速感をもらさず全身で感じるために、エンジンがうなりを上げ始めると、つま先を上げシートに深く座り直したものだ。
加速度そのものは高々0.2Gぐらいなものだろうが、自分の中に加速度を感じられるあの時間は好きだ。

速度が速くなると加速しているはずなのに加速感が薄れる。飛び立ったわけではないのに重力が小さくなった」ように感じる。窓がビリビリと音を立てる。加速度が弱まったのではなく、大きな飛行機全体が作る空間が加速に慣れたからかな、と想像したり。

ゴゴッと音がして機体が浮いたことがわかる。上昇をするものだと思っていても、ほんの少しだけ上に向かうよりも前方に押し出されている感じが続いたり。

飛行機は地表を離れても加速しながら上昇を続ける。水平飛行に移ってたなと思っても加速しているなと感じることもある。逆に、明らかに減速していることもある。飛行機の飛ぶ速度での空気抵抗は想像できないくらい大きいはずだから、加速をやめるだけでもマイナスGを感じるのかな、などと考えるのも楽しいものだ。

着陸を前にシートベルト着用のサインが出ると、再び座り直すのが常だった。
下降を始めるということは速度を落としているということだからマイナスGを感じてもよさそうなものだが、飛行機の大きさに比べて人間が小さいのでそれと感じられないのかなと思ってみたり、窓の外にパノラマが広がりだすと速度は落ちているはずなのに相対的に速くなっているように思えたり。

黒々とブラックマークのついた滑走路を下に見て行き過ぎじゃないのと心配したりするけど、着地のショックの大きさにこそ差はあれこれまで怖い思いはしたことがない。
それより、着地してからの減速も圧巻だ。飛行機が着地したと感じた瞬間スポイラー立ち上がり、次いで逆噴射が始まる。空中では感じることができないマイナスGを受けながら、さらに、離陸時には感じない微妙な横Gがおそってくる。
その縦と横の加速度の大きさは毎回異なるが、巨体が身をよじるように減速する様は感動すら覚えるものだ。

西海岸に沿って南下した飛行機はいったん東に向きを変えった後にどこかの地点でUターンする。東からロサンゼルス空港に進入する飛行機の隊列にまぎれこむためだ。この時に感じる加速度も捨てがたい。

マイナスのGを感じながら、自分の身体が軽くなったように感じることで降下しているのを実感していると、機体が右に傾きだす。右側に座っていると窓いっぱいにダウンタウンが広がる。
バンク角はどんどん深くなり、同時に自分が重くなる。とても複雑な慣性力が働いているのを想像できるから言葉にするのが難しいけれど、飛行機が減速をしながら円運動の外側に流されていっているような感じだ。それでも旋回の後半は遠心力に負けているように感じないから、おそらく、ある時点で飛行機もラインに乗れるのだろう。

結局、速いものに対する憧れはあっても、速さを心地よさに置き換えることは難しい。地上での時速1,000キロが現実的でないように、だ。我々自身が速さを無制限に享受することも不可能だ。しかし加速度は、いついかなる時でも感じようと思えば感じることができる。

そしてプラスであれマイナスであれ、あるいは横Gであれ、加速度はクルマの姿勢変化に大きく影響する。加速度を意識することもクルマの楽しみの大きな部分を占める。身近な人間能力拡大器であるクルマ。味あわなければもったいない。

時まさに、メガーヌRSトロフィーRの発表。
馬力あたり荷重はメガーヌRSの5.4Kg対トロフィーRの4.75Kg。どんな世界が待っているか楽しみではある。

余談をひとつ。左側の窓際に座ってロサンゼルス空港に近づいた時のこと。例のバンクが終わって水平飛行に移ったその瞬間。左隣にもう1機飛行機がいて声を上げそうになったことがある。なんのことはない。3本の滑走路が並行して走っているロサンゼルス空港への進入で、たまたま同じタイミングの飛行機に出くわしただけだった。

余談をもうひとつ。ある日、成田を離陸してから30分ぐらい経った頃に機材故障のため引き返しますというアナウンス。どこに不具合があるのかの説明はなし。この時ばかりはCAに状況の説明を迫った。いやな思いをしたのはこの時だけ。確率は201分の1というところか。

※今回はYRSスタッフの勝木 学さんの写真を使わせてもらいました。感謝です。