トム ヨシダブログ


第660回 鈴鹿サーキット

第651回で鈴鹿サーキットのコースレイアウトの変遷について書いた。その時にシケインができる前のオリジナルレイアウトのコース図を探したのだけど見つからなかった。その後、鈴鹿サーキットのご厚意で1982年に配布した資料に含まれていた、シケインができる前のコース図のデータを手に入れることができた。オリジナルレイアウトと現在のレイアウトを比較してみると興味深い。

鈴鹿サーキットのオリジナルレイアウト。今でも鮮明に覚えている。1コーナーを抜けると明確な直線があって2コーナーそして曲率の小さくなる3コーナーへと続く。延々と続きいつまでも先の見えず横Gがかかりっぱなしのデグナーカーブ。ひとつ目とふたつ目の下りの区間でしっかり加速する必要があったスプーンカーブ。入り口から出口まで同じ曲率で奥の深い最も通過速度の速い130Rを抜けフル加速。そのままの速度でかなりの角度で下る最終コーナーに飛び込む。類い稀な8の字レイアウトの鈴鹿サーキット。それはそれはダイナミックなコースだった。

自動車技術の進歩はクルマに速さを与えた。レーシングカーもアマチュアドライバーが持ち込むクルマも走行する速度域が上昇。それに合わせてコースの各所に修正が加わったものの、その流れ。鈴鹿サーキットの豪快さは今でも変わらない。今でも海外のメディアが鈴鹿サーキットをオールド・スクール・トラック ≒ 古く佳き教育的サーキット と呼ぶことでも想像できるだろう。走れば何かを学べる。走るだけでも楽しいから、クルマ好き運転好きの人は一度、今年60周年を迎える鈴鹿サーキットを走ることを視野に入れてみてはどうだろう。  おそらく、 否、 間違いなく人生が変わると思うから。

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1962年9月に完成した鈴鹿サーキットのオリジナルレイアウト

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1982年から数々の改修を経てFIAグレード1を獲得した現在のレイアウト

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比較のために鈴鹿サーキットが配布したコース図を加工させてもらいました
上がオリジナルレイアウト
下が現在のレイアウトです



第659回 想像力

ある日。テレビをつけたままキーボードをたたいていたら、「 人の限界は能力で決まるのではなく想像力で決まると思った 」という声が聞こえてきた。思わず振り返って画面に見入ってしまった。一瞬、運転の話かと思ったものだ。

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「人の限界は能力で決まるのではなく想像力で決まる」と思った

 

遠い昔から運転が上手くなるために必要なものは何だろうかとか、不可欠なものは何だろうと考えるのが常だった。けれどあれこれ考えても、運転という行為が人間の営みの広範囲に及ぶものだからこれといった答えは出ずじまいだった。時間が経ち、クルマを動かす操作そのものが重要なのはもちろんだけど、どのようにクルマを動かすか、どう動かしたいかという思想のほうが大切なのではないかと考えることに比重が移ってきた。
けれど、確かに思想があってもそれに見合った操作ができなければ、クルマの性能を引き出し、目的に沿ってクルマを動かすことは難しいことも認識してはいた。 ある時。はたと気が付いた。人間が抱く概念である思想と、人間の行動の結果である操作の溝を埋めることができるのは想像力ではないかと。想像力を働かせれば運転手の思いをクルマに伝えやすいのではないかと。それがいつ頃だったか覚えてはいないけれど、想像力が豊富なほど運転が上手くなると思い始めた。だからテレビから流れる「 人の限界は想像力で決まる 」というフレーズに思わず反応したのかも知れない。

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「想像できることは実現できる」

 

自分の運動神経が標準より劣るであろうことはたびたび触れてきた。隠す必要もない。だけど自分の運転が下手だとは少しも思ってはいない。想像力を比較する術があるのなら話は別だけれど。
スクールで「 遠くを見て 」、「 物を点で見ないで 」、「 景色の中に入っていくようなつもりで 」 とアドバイスするのは、動くモノを操るには1秒後、2秒後、3秒後、10秒後にクルマがどうなっているかを想像する必要があるからだ。「 はい、何も考えないで走ってみましょう 」、「 ちょっといいかげんに走ってみましょう 」 と言うのは、何かに固執していると全体の絵が見えにくくなるからだ。「 透明な気持ちになって運転してみて下さい 」 と助言するのはかって自分がそうした時にクルマを動かしやすかったからだ。そう、全ては想像力を高めるのための試み。
逆に「 行き当たりばったりの運転はダメです 」、「 直前の路面を見て運転するのはやめましょう 」 と口を酸っぱくして言うのは、それでは想像力が働く暇がないし、先行き想像力を豊かにすることにつながらないからだ。

オーバルコースを走る延べ15,000人以上の運転をこの目で見て来て、誰しもが想像力を豊かにするほど無意識行動でクルマを動かせるようになり、やがてクルマを手足のように操る領域に近づいていったのを目撃してきた。

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「想像できるようになったらいりいろなことを変えられる」

 

ワタクシの思想? それは実現できるかどうかの問題は置いておいて、駆動方式に関わらずクルマが動き出してから止まるまで、前後輪それぞれについたスリップアングルの合計が限りなく等しくなるような運転を絶え間なく目指すことだ。それがクルマさんが望むことだと長年の経験が教えてくれた。だから、今でも運転中の自分の頭の中を覗くことができれば、想像力がワンワンと飛び交っているのが見えるはずだ。



第658回 YRSオーバルスクールFSW

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ユイレーシングスクールの代名詞とも言えるYRSオーバルスクールFSW。スクールでは半径22m直線130m幅員14mのオーバルコースを少しばかり速いペースで走り、クルマが思い通りに動かない瞬間を体験します。

人は自分の意思をスロットル、ブレーキ、ステアリングを通してクルマに伝え走らせますが、ある状況でクルマが意思とは裏腹な動きをするのはクルマの動きを読めていない、クルマの動きとの間にズレがあることが理由です。そこで加速、減速、旋回を繰り返す中でクルマの動きを感じる感度を上げ、どういう操作をするとクルマがどういう反応をするかという因果関係をできるだけたくさん積み上げ、操作に多様性を持たせると同時に最適な操作を探す努力をします。これが、人間が行うスロットル、ブレーキ、ステアリング操作とクルマの動きとの間の誤差を少なくする最短の方法だと考えるからです。
楕円形のコースをグルグル回るだですが、実はクルマの運転に欠かせない要素の全てをまとめ上げることができるので、市街地や高速道路はもとより、ワインディングロードやサーキットでも応用が効く運転力の向上にうってつけのカリキュラムになっていると自負しています。

 

次回、富士スピードウエイで開催するYRSオーバルスクールFSWは6月19日(日)に開催します。安全な場所でご自身の運転を再評価してみませんか。

→ YRSオーバルスクールFSWの開催案内と申込みフォームへのリンクはこちらです



第567回 YRS筑波サーキットドライビングスクール

クルマの性能を引き出す操作ができれば、結果的にクルマを走らせている時の安全率を高めることができるし、望めば速く走らせることもできる。だから運転操作の検証は誰もがしたほうがいい、というのがユイレーシングスクールの考え。で、自分の操作がクルマの性能を引き出せているかどうかを検証するのには、少しばかり短絡的かも知れないけれど、サーキット走行がうってつけ。適切な操作ができなければ速くは走れないから、速さを軸に自身の操作のブラッシュアップができる。それに、クルマの運転は速く走ってみないとわからないことがたくさんある。
というわけで、YRS筑波サーキットドライビングスクールでは座学でクルマを正確に動かす方法を解説した後、1~2コーナーを使ってイーブンスロットルとトレイルブレーキングの練習を徹底的に行う。その後コース全周を使って走るのだけど、みんなの走りがどんどんスムースになっていく。

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参加者全員がインフィールドのストレートに移動して

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イーブンスロットルとトレイルブレーキングの練習の手順を再確認

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参加者を走行組と見学組に分け
走行組にはFMラジオを通してアドバイス
見学組には直接アドバイスを聴いてもらう

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参加者から質問があれば
走行組の走りをサンプルにして応える
この練習の効果はてきめん
参加者は4本のタイヤを使って走れるようになるから
クルマのバランスを崩す可能性が加速度的に減少する

 

今回参加したルノー仲間は3人

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Oさんとメガーヌ3RS Trophy2

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Hさんとメガーヌ3RS

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Kさんとルーテシア3RS

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YRS筑波サーキットドライビングスクールでは短いセッションを何回も走る
クルマの動きを感じることに集中して走り
冷静に走りを振り返り仮説を立て
仮説が正しいか検証するために走るを繰り返す

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22名の参加者が午後の計測ラップだけで合計1051周
最後のセッションの3分前までノースピンノーコースアウトだったのに1台がスピン
スピンやコースアウトはしないほうがいいけれど
それも練習のうち
そうなる操作を経験するわけだから
2度とそれをしないようにすれば進歩がある

 

次回のYRS筑波サーキットドライビングスクールは7月28日(木)に開催します。ルノー仲間の参加をお待ちしています。
開催案内と申込みフォームへのリンクはこちらから



第656回 ルノーを楽しむ

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今回はルノー仲間が6人
写真に写っていないWさんはYRSオーバルの反対側を走行中

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初参加のTさんのルーテシア4RSトロフィーを題材に
座学で解説説明した
イーブンスロットルの目的と操作の仕方を復習
 
 
 
 
※ 以下、この日参加したルノー仲間のプロフィール

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YRSオーバルスクール3回目のSさん
前2回はシトロエンで来てくれたのだけど今回申込みフォームの車両欄を見たらなんと
ルーテシアRSトロフィーになっていた
たぶん親父さんの趣向

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ユイレーシングスクールを受講するなら免許をとってもいい
という約束を娘さんとしたと親父さんから聞いた
娘さんにクルマの動かし方をきちんと学んでほしいからと
ユイレーシングスクールがお役に立てればこの上ない喜び
娘さんが楽しそうに走り回っていたのがなによりも嬉しい
 
ブログ「Sさん親子」 2021/2/26

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クルマ好きが高じて
ご主人より先にサーキットデビューを果たした2人のお子さんのお母さん
そのご主人の勧めで
2015年6月のYRSドライビングワークショップに初めて参加してくれた

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Fさんは最初BMW318に乗っていたけど
2018年に突如としてルーテシア3RSに乗り換えて現れた
Fさんはこのクルマがいたくお気に入り
大切に乗っているようです
 
ブログ「またひとり」 2017/12/1

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今回のYRSオーバルスクールFSWが初めてのTさん
ユイレーシングスクールに参加したことのあるルノー仲間に
背中を押されての参加だとか
Tさん 間をおかずに参加するのが上達の早道です
お待ちしています

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既に読まれた方もいるかも知れないけれど
Tさんにも感想文を書いてもらった
 
ブログ「Tさんの場合」 2022/5/7

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今回がユイレーシングスクール参加101回目のWさん
ユイレーシングスクールのカリキュラムは
オーバルスクールからオーバルレースまでほとんど体験済み
でもコロナ禍で外出を控えていたとかで
少し間が空きました

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奥さんと旅行に行く時の足として
2台あるポルシェの1台を乗り換えるのにセダンを探していたWさん
ルーテシア4RSを勧めたのは何を隠そうこの私です
 
ブログ「ユイレーシングスクールとWさん」 2019/7/11

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Mさんは今年1月のYRSオーバルスクールFSWに次いで2回目の参加
1月のスクールの後メールで質問が来て
克服すべき課題の質疑応答を何度かやりとり
まだ苦手意識があると本人は言うけど実際の走りを見る限りそうは見えない

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操作の方向性は全く間違っていないので
次回は自分のイメージより少し速いペースで走って
クルマがどう動くか観察してみてはどうでしょう
 
ブログ「Mさんの場合」 2022/2/6

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Oさんは2018年9月のYRSドライビングワークショップFSWに初めて来てくれた
申込みフォームのコメント欄に
「MT免許取得から13年、はじめて車を買いました」とあった
Oさんが選んだのはルーテシア4ゼンMTだった
そして2020年11月のYRSオーバルスクールFSWには突如
ルーテシア3RSの乗り換えて参加してくれた

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Oさんにももちろん感想文をお願いした。
 
ブログ「Oさんの場合」 2018/9/4
ブログ「OKBさんの場合」 2021/11/17

 

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スタッフのKが写真を撮る時に「元気にポーズをつけましょう!」で
エイッ
みなさんまた遊びに来て下さい
 
そして
まだYRSオーバルFSWを走られたことのないルノー乗りのみなさんも
ぜひ遊びに来て下さい
特にカングーオーナーの参加をお待ちしています

※ こちらから2022年10月までのユイレーシングスクールのカレンダーをご覧になれます



第655回 まだ間に合います TDS

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筑波サーキットコース1000 コースレイアウト

 

YRSメールマガジン最新号から抜粋
1) YRS筑波サーキットドライビングスクールの勧め その2

サーキットの攻略法 は、直線に続くコーナーの脱出速度を速める(スロットルを早く開けることではない)ことと、速度の高いコーナーを可能な限り速く走ること、このふたつ。筑波サーキットコース1000で言えば最終コーナーと1コーナーがカギになる。特に所要時間の長い1~2コーナーは重要だ。

ところが人間は錯覚におちいりやすく思い込みもあるから、スロットルを開けている時間が長ければラップタイムを短縮できるとばかりにブレーキを遅らせ、強いブレーキング中にステアリングを切ってアンダーステアを出し、1コーナーのインにつくまでに失速している例がどれほど多いか。
ピットから1コーナーへ向かうクルマを見ているとよくわかる。最終コーナーを立ち上がって1コーナーへ向かうクルマ。ほとんどのクルマのストップランプが点くのが遅い。まぁそれはそれとしてターンイン。上手い人だとノーズが右に向いてから徐々にクルマの右側面の見える範囲が多くなり1コーナーをクリアする頃には真横を向いている。
ところが、ドカンブレーキの人のクルマはノーズが右に向いたと思った次の瞬間も右側面の見える範囲が増えない。しかも右後輪が浮きそうになっている。その後コーナリングを始めるのだが、インにつくまでに失速しているのが見てとれる。
そうアンダーステアを出した結果、ステアリングを切っているのにも関わらず瞬間クルマは直進し、走行抵抗で速度が落ちて前輪のグリップ(特に左前輪)が回復してからコーナリングに移るというメカニズムだ。速く走ろうとしてブレーキを遅らせたのだろうけど、ドカンブレーキ>バキ切りターンイン>アンダーステア>失速では目的に逆行することになる。

1コーナーのコーナリングスピードを上げる効果的な方法は、オーバースピードでターンインした時のクルマの動きを経験しておくことだ。クルマは我々が思っているよりも高い性能を備える。オーバースピードでコーナーに入ってもアンダーステアもオーバーステアも出さない方法はある。それがYRS筑波サーキットドライビングスクールで練習するイーブンスロットルでのターンインだ。
言うまでもなく、イーブンスロットルとはクルマが加速もしない減速もしない状態をスロットル操作だけで創りだすこと。結果的に前後均等荷重になるから4本のタイヤを使ってコーナリングを始めることができるから限界が高くなる。

練習方法はこうだ。コース外周を使い、最終コーナーから加速してノーブレーキで1コーナーに進入する。ただしむやみに走っても効果がないので、速度を指示して練習する。最初は70キロ。そんな速度でもステアリングを切る前にスロットルを戻す人がいるけど、戻さないのが正解。次いで75キロ。何度も繰り返す。80キロ。このくらいになるとスキール音を出すクルマと出さないクルマに分かれる。前者はアンダーステアを出している証拠。繰り返すうちにヨーモーメントをホイールベースの中心で発生させることができる場合がある。そうすればしめたものだ。できる範囲でペースを上げていくと、まず前輪が、次いで後輪がズルズルするのを感じることができる。

次に最終コーナー手前から全開で加速し1コーナー手前でブレーキングしターンインする練習に移る。2班に分けて1班が走りもう1班が1コーナーのイン側で見学する。すると、1コーナーのインにつく時の速度がイーブンスロットルで走った時の速度より遅いクルマがあることに気づく。なぜか。突っ込んだ結果のドカンブレーキングでの減速のしすぎ。ターンインでバキ切りしてのアンダーステアを出して失速。1コーナーが遅ければ長い2コーナーを速く走れるわけがない。どれも速さには逆行する走りだ。それを見て自分の走りに生かす。

そんなわけで、ジムラッセルレーシングスクールでもやっていたイーブンスロットルでのコーナリング練習。1度は経験してみて損はないはず。まだ参加申し込み間に合います

・5月26日(木) YRS筑波サーキットドライビングスクール開催案内

 

※ 5月26日に予定の立たない方は7月28日(木)にもYRS筑波サーキットドライビングスクールを開催予定なのでそちらをご検討下さい。

※ YRSメールマガジン290号から抜粋
1) YRS筑波サーキットドライビングスクールの勧め その1

ユイレーシングスクールは2000年から2003年まで、そのカリキュラムを認められ財団法人日本オートスポーツセンターの委託を受け筑波サーキット公式ドライビングスクールを71回開催した。この間1,600人以上の参加があったからYRS筑波サーキットドライビングスクールでサーキットデビューを果たした方も多い。中には現在もユイレーシングスクールに通ってくれている方もいる。
当時サーキット走行では頻繁に事故が見られた。スピンやコースアウトはざら。速く走るためには実力以上に頑張らないと、という風潮があった。しかし頑張ってもクルマは速く走ってはくれない。クルマはよくできた道具だから、それなりの使い方がある。道具を使うということは道具の仕組みを理解し、道具が機能を発揮しやすいように使って(操作して)あげることだ。勇気や頑張りでクルマが速く走ることはない。

・道具の使い方 その1
・道具の使い方 その2

包丁という物を切るための単純な道具ですら使い方がある。人間を乗せて高速で移動するクルマだからこそ、その使い方を知ることが大切だ。使い方を知ればクルマの運転が楽しくなるし、楽しくなればもっと工夫するから運転が上手くなる。安全に運転ができるし、望めば速くも走れる。米国ジムラッセルレーシングスクールで教えていた経験を元にしたユイレーシングスクールのカリキュラム。エンジンドライビングレッスンは午前中ジムカーナ場で午後コース1000を走るが、YRS筑波サーキットドライビングスクールは終日コース1000を使って、サーキットが初めての人にもベテランの人にも有益なアドバイスをする。どんな内容かは次号で紹介します。これからサーキットを走ってみようという方、サーキットの走り方に迷っている方、ぜひユイレーシングスクールを受講してみて下さい。



第654回 Tさんの場合

Tさんはユイレーシングスクール初参加。申込みフォームのコメント欄には「下手の横好きで場数ばかりは増えていますが、やはり何かしら、充分な時間の下でご指導頂く機会が必要ではないかと思っていました。YRSを知ってはいましたが2daysしかないと思い込んでいました。日曜開催の1日コース?がある事を知り申し込んだ次第です」とあった。1日中走り回った後でいつものように感想文をお願いしたのだけれど、月曜日の夜中に早くも届いていた。Tさんありがとうございました。

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Tさんと愛車

 

ルーテシアRSというクルマに出会い、サーキット通いを始めて3年半。方々走り回ってマイレージだけはいっちょ前にあるものの、同じクルマの速い方々の背中も拝めない状態が続いていました。同じサーキットを走る度に少しずつベスト更新は出来るものの、それは技量向上ではなく場数のせい。自分なりに色々考えて試すも、もっと根幹の部分が出来ていない・間違っているのでは?という思いを、2年位抱え続けていました。

いっちょ前なマイレージのおかげで多くの方々と出会い、その場でアドバイスを受ける中で複数の方から教えて頂いたのがユイレーシングスクールでした。但し、勧められたのは2dayスクール。当時住んでいた場所からFSWまでは、片道約1,100km。調べた限りでは平日開催という事もあり、二の足を踏んでいました。

ところが先日、「1日スクールもある」と、お勧め陣営から紹介されました。日曜開催、そして転勤のおかげで片道距離が3分の1程度になった事もあり、迷わず申し込みました。

お勧め陣営が口を揃えて仰るのが「とにかく怒られる」。申し込みました、行ってきますと伝えると「いっぱい怒られてきなさい」。恐怖とは思いませんが、一体何が執り行われるんだろ?と、若干の不安を抱えてFSWに向かいました。

「とにかく走らされる」と聞いていたものの、1時間程度の座学からスタート。先ずは理論から、と解釈していましたが、その解説に割く時間は僅か。これから行う実地の説明が主、と感じました。しかしその短い時間でも、理論への理解があれば実施もスムーズに行えたと思います。実際、理解が足らずに、私はこの後戸惑う事になります。

この1dayオーバルスクールのキーワードは、イーブンスロットルとトレイルブレーキング。この2つを習得し、速く且つ安定したコーナリングを実践出来る様になる事を目指します。午前中は短いオーバル、午後からは長いオーバルを使用。それぞれ1周約260m、約400mです。

参加者各人への指示やアドバイスは、FMラジオを使ってリアルタイムに行われます。指定された周波数に合わせ、マイクテストで受信状態を確認されますが、無音。何度、どう確認しても周波数は合っています。他の参加者の皆さんも同じ様子でしたが、発信局、つまりマイク側の電源を入れ忘れていたというオチ。これで拍子抜けしたと言うか、怒られる事への不安はスッと消えました。

当初案内された参加者数は8名。しかし蓋を開けてみると16名との事。初参加は私を含めて4名。このメンバーを4グループに分け、交代しながら4台ずつでオーバルを占有しての進行です。1回の走行は4分目安だったかな?

先ずはイーブンスロットル。指示された一定の速度且つインベタで周回するのですが、ブレーキは使いません。座学の理解が乏しかった私には、それでどうやって定速旋回するのか・出来るのかが解りません。

初参加だからなのか、或いはそこを見透かされたのか、私を助手席に乗せ、私のクルマで先生によるデモランからスタート。運転しながら説明・解説を頂戴しつつ、最終的には60km/hでの定速巡航となりましたが、目と身体に入力される情報への対応で精一杯。折角の説明も上の空でデモラン終了。唯々思うのは、こういう事が可能なクルマなのよね、という事です。そこまでを引き出せていない事を、改めて自覚させられました。

いざ実践。先程の説明・解説を思い出しつつ、つたない知識と理論をも投入し、どうすればアレに近づけるかを考えてみるも、答えは出ず。となると実践あるのみです。そう、ひたすら実践。その為のスクールです。

見よう見まねの”元”を体感出来た事は、大きなアドバンテージとなりました。バラバラだったラインや車速も徐々に収束し、滑らかさは大きく劣りますが、60km/h弱での定速巡航へと辿り着きました。高い速度でのコーナリングへのアプローチ、という第一段階を習得出来た、のか?

トレイルブレーキングへと移行。車速制限はありません。可能な限り速く周回する、それが目標です。そしてこちらもインベタ走行です。

大雑把に言えば、ブレーキを引き摺ってのコーナー進入、からの加速の練習です。しかしここでも戸惑います。ブレーキを引き摺るなんて、考えた事も実践した事も無いからです。自分には不要、とすら考えていました。加えて、短距離・短時間で強く制動させて充分に減速してコーナーへ進入し、速くコーナー脱出への加速へ移行したいという、自分のクセというか思想というか、も絡んできます。ここまで引き摺りなさい、と指定されたそのポイントよりも手前で、私は既にアクセルを開け始めていたので、尚更混乱します。

習慣と考えの固執は恐ろしいもので、もうどうやって組み立てればいいのか解りません。ブレーキを引き摺る=アクセルオフです。普段とは真逆の操作をやれ、と言われても。引き摺る≠減速よね?どこまでを「減速」とすればいいの?え?え?という状態で走行開始。

結局、普段どおりにガツンとブレーキング。十分に車速が落ちたこの状態から、アクセルを踏まない?何となくブレーキを引き摺るも、今の状態からはその意味を見出だせず。いや、理論は聞いているんですが、どうにも実践と結びつきません。そこに「ブレーキ強すぎ!何でそこまで踏むの!?」というラジオからの声。当然修正なんて出来る訳も無く、コース外へ誘導されてスタッフの方と乗り代わり、私は助手席へ。

「ガツンと踏んじゃダメって事ですか?」
「いや、いいんですよ、ガツンと踏んで。」
「えっ?」
「えっ?」

といった会話からスタート。結構ガツンと踏めると自負していた我がブレーキングよりも遥かに強いブレーキング。そして遥かに早いリリース。いや、引き摺るから完全にリリースはせず。そして加速、と言うよりコーナー脱出開始、ここは先のイーブンスロットルで。結果、トータルでのコーナリング速度は、自分にとっては異次元の世界でした。

走行会で常々感じていたのは、他の人と比べて圧倒的にコーナリング速度が遅いという事です。おそらく、いや間違いなく進入で減速し過ぎていたのだど思います。加えて、それ以上の理論も何も持ち合わせていません。そこを敢えて進入速度を高めにしても、その先の策が無い、度胸一発の運頼みという具合なので、アッという間にとっちらかります。過去の自身のコースアウトは、ほぼ全てこのパターンでした。

高い速度でコーナー進入が出来ないのは何故か?怖いからです。何故怖いか?クルマがどういう挙動を示すか解らない、対処出来ないからです。改めて考えると、メチャクチャな理由です。高い速度での進入、高い速度での旋回が可能なのはキチンとした理論・理屈・理由があるからであり、「そんなモン度胸よ度胸!」という人も、自然とそれらを身体に叩き込んでいるだけという事を痛感しました。但しアタマで、です。モノにするには反復練習しかありません。そんな事を思いながらのドライバーチェンジ。

やはり最初は恐怖が勝ちます。しかし理論の裏打ちによる安心感もありますし、何よりその理論の実践を体感しています。ここでようやく、スピンしようがコースアウトしようがOK、と思い直し、まぁやってみよう、位の気持ちで挑みます。当然最初は思いどおりになりません。ラジオの声も頻繁に飛んできます。しかしその声も、

「まだ強い!」
「弱くなってるけど今度は長くなってる!」
「引き摺り距離が足りない!」
「引き摺りが強い!もっと弱く!」

といったものばかりだったのが、

「今のイイね!」

と聞こえた頃には、過去の自分とは雲泥の差の速度で周回していました。各操作の繋がり・滑らかさはまだまだですが。そして午前の部が終了。

昼休憩時に先生から、

「あちこち走り回ってんでしょ?もっと元気あるのかと思ってたら…」

と声を掛けられました。申込みの際に書いた簡単な経歴を下にした声だと思いますが、元気はあるんです、空回りの方向に。そこを改善するヒントを得られればと思っての参加でして。という言葉を呑んで昼休憩終了。実はその旨も申込時に記載していたんですけどね。

午後からは長いオーバル。午前中の内容を踏まえて、インベタ制限も取っ払ってアウトインアウトで、とにかく速く周回する事を目指します。とは言え4台でクォーターマイルのオーバル、実質は「追っかけっこ」です。

解った様で実は正しく理解していなかった、タイヤの暖め方のレクチャーが流れるラジオに耳を傾けつつ、徐々にペースを上げていきます。そして「Go!Go!Go!」を合図に全力周回スタート。しかし追い抜き禁止です。

開始後の割と早い段階で「アレ?もしかして…」という欲が芽生えました。そこをグッと抑えて周回終了。全員の周回が終わり、2巡目からは追い抜き解禁のアナウンス。「抜かれる側はインベタへ移行。但し先に行かせるのではなく、インベタで頑張りなさい。抜く側はインベタより外をを使う事。」との指示。先に行かせるのが専門だった私は、妙な緊張感を覚えました。

先程芽生えた欲、もうお解りでしょうが「追いつけるかも?抜けるかも?」と思った訳です。調子に乗ってる、と言えばその通りですが、この様に思えた事が確実な進歩だと思えます。いざ出走。午前中の成果をより安定的なものにし、且つ精度も上げられるようにと唱えつつ、隙あらばと思いながらの周回スタート。

何巡と走行しましたが、もうとにかく楽しくて楽しくて。コースアウトもありましたし、パイロンも蹴りましたが、抜いて抜かれての追っかけっこが、こんなに楽しいとは思いませんでした。抜くのは勿論、追われる楽しさにも気付けました。ここまで一心不乱にコースを走ったのは、サーキット通いの初期以来です。

追いつかれた側はインベタとはいえ、走行距離が圧倒的に短いというアドバンテージが。逆に追い抜く側は距離的に不利ですが、ライン取りの自由さというアドバンテージが。それぞれに面白さがあり、結果抜くのも簡単ではないという歯がゆさも面白いです。終始そんな感じで進行しますが、まだ走りたいという思いを断ち切るように全行程終了。

お勧め陣営がお勧めする理由の中で一番惹かれたのが、とことん反復練習出来るという点でした。例えばミニサーキットを1セッション走ると反省ばかりです。その中から1つだけ、次はこうしてみようと思っても、そのポイントに至るまでに別のミスを犯し、気を取られ、走行前の反省は何処へやら?となりがちです。その点オーバルは、数秒~十数秒毎に、コース幅も曲率も同じコーナーが迫ってきます。さっきのミス、今度はこうしてみるか、を即座に、えげつない頻度で行う事が可能です。それ故に短時間で上達を実感出来、楽しさに繋がると思います。

但し、得たものを余所で応用実践出来るかは別問題。懲りもせず、サーキット通いは続く予定です。沢山の土産話を持って、今度は2dayスクールで先生と再会できる様、技量もスケジュールも精進したいと思います。最高の練習環境を提供して頂き、とてもここに書き切れない沢山の「気づき」を与えて頂き、本当にありがとうございました。

最後に、参加を検討している方に、不躾ながらアドバイスを残しておきます。

・ドレスコードは特に定められていませんが、サーキット走行に準じた方がいいと思います。
・但しヘルメットは、ラジオ聴取の邪魔になるかもしれません。
・わざわざ用意してまで必要とは言いませんが、既に4点式以上のシートベルトを正しく使える状態であれば使うべきです。セミバケットはおろか、フルバケットシートでも足りないのでは?と思える程の、経験した事の無いGが全方向から襲いかかってくる様になるはずなので。
・自身の走行時以外は、なるべく他の参加者さんの走行を、ラジオを聴きながら見る方が良いと思います。人の走りを見るのも勉強、というのが良く解ります。
・食べ物を屋外に置いているとカラスに狙われる、と案内されますが、奴らは何でも狙ってきます。何かで全体を覆っても、それをもめくって荒らします。座学教室内に納めきれる程度に荷物を減らして来場すべきです。
・燃料は満タンで行くべきです。途中でガス欠になっても給油で一時退場は出来ますが、その時間すら惜しい位に楽しいので。参考までに、推定 燃費は3.2km/Lでした。1.6Lのターボエンジンでの実績です。
・「怒られる」は言い過ぎで、「叱られる」イメージです。もっとも、それらは全て「アドバイス」です。常に目を掛けて貰いながらの練習という贅沢を、楽しんで下さい。

(以上、原文ママ)

Tさん秋まで待たずにまた遊びに来て下さい。YRSオーバルレースFSWがお勧めです。たくさん追いかけっこができますし、初めての方には参加費の割引きがあります。コースも今回走ったストレートが130mのYRSオーバルFSWロングですから。お待ちしています。

※ 文中にあるインストラクターの言葉遣いは少しばかり乱暴な方向に誇張されているような気が。(笑)

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座学ではなぜイーブンスロットルとトレイルブレーキングが必要なのかを解説
 
クルマの速さ以上には誰も速く走れないのだからまずクルマの性能を引き出すことに傾注する
クルマの性能を引き出すためには
クルマの荷重移動に応じて変化するタイヤのグリップを計算に入れた操作が必要になる
加速も減速もしない状態を作るイーブンスロットルは運転操作の基本中の基本

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Tさんのクルマを借りてイーブンスロットルのデモラン
 
コーナリング中のクルマの姿勢と排気音に注意しながらイーブンスロットルのなんたるかを想像してもらいます
10%速度を上げるとおよそ20%運動エネルギーが増えますからクルマは曲がりたがらなくなります
クルマに曲がってもらうためには前後輪のグリップが均等である必要があります

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全員が直線60mのYRSオーバルFSWを体験したところで参加合者全員が集まって自己紹介
たんに教室でやるのを忘れただけなのだけど

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最初は勝手がわからなかったようなTさん
それでも場数を踏んでいるだけあって呑み込みの早いこと

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TさんがWさんを押さえて下のコーナーを立ち上がります
 
YRSオーバルスクールFSWでは複数台が同時に走ります
とにかくたくさん走って操作が正しいか正しくないかの仕分けをしてほしいからです
コース幅は14mで高速道路の3車線より広く設定してあり同時出走には守らないとならないルールがあります
ひとりで絶対的な速さを追い求めるのではなく
一緒に走る人との相対速度に目を向けると運転が間違いなく上手くなります

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今回はルノー仲間が6人
もっとルノー車の足の良さを味わってほしいと思っています



第653回 今日の1枚

5月15日。日曜日。曇り。
今年3回目のYRSオーバルスクールFSWに集うルノー仲間。

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第652回 57年目

高1の5月。それまで庄内川の河川敷で練習して、ぶっつけ本番で平針の試験場で軽免許のテストを受けて1発合格。高3の5月。松橋の試験場で普通免許のテストを受けて1度で合格。1976年6月カリフォルニア州トーランスのDMVでカリフォルニアライセンスの実技試験を受けて300mぐらい走っただけで合格。嬉しかった思い出ばかり。

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せっかくなので誕生日に運転免許証を更新しに行ってきたのだけれど、71歳以上になると優良運転者でも有効期間が3年になることを今日知りビックリ。



第651回 鈴鹿サーキット

今年のYRS鈴鹿サーキットドライビングスクールには鈴鹿サーキットを走ったことがない方が5名参加。クルマの動かし方には過去に参加してくれたYRSツーデースクールやYRSオーバルスクールで慣れてはいると思うけれど、速度域が高くレイアウトも複雑な鈴鹿サーキットをぶっつけ本番で、しかもできるだけ速いペースで走って日本のモータースポーツの聖地を楽しんで下さい、と言うのは少しばかり無理があるかなと。それに今回は雨。ウエット。
というわけで、鈴鹿サーキットを占有走行する時の決まり事でもあるセッション開始時の完熟走行をユイレーシングスクールに任せてもらって、メガーヌRSトロフィーをリードカーに。初体験組の5名に真後ろに連なってもらい「車両間隔はクルマ3台分まで。リードカーはペースのいかんに関わらず走行ラインを含めてその地点でやるべきことをやりますから、全員その真似をします。リードカーと違うことをやると後ろのクルマに間違ったことが伝わりますから何も考えずに集中して前のクルマの真似だけをして下さい。1周目はストレートを通過します。2周目にピットインをしますからピットロードを含めてコースレイアウトを頭に入れて下さい」とミーティングで確認。
完熟走行は何周やってもいいのだけど、自分のできる範囲を確認しながらペースアップしていってほしいから、みんなの走行時間を増やすために2周のみ。あとは参加者が慎重に探りながら、それでいてメリハリのある運転をしてほしいと念じつつピット前を通過する1台1台を目で追う。

ゆっくり走っていては完熟走行にならないし後ろがついてこれない速度で走っては意味がないし、リアビューミラーとにらめっこをしながら踏むところは踏んで走ったのが次の動画。ご覧いただければウエット時にどこに川ができるかとか、現在の鈴鹿サーキットのコースレイアウトがわかります。

毎年1回ユイレーシングスクール卒業生を対象に開催しているYRS鈴鹿サーキットドライビングスクール。2年続けてウエットコンディションでシケインのオーバーランや軽微なコースアウトはあったものの1時間x2回のセッションは無事終了。最後の総括で、朝のミーティングの時の緊張気味の顔とは異なり、参加者全員の満ち足りた顔を見ることができたのが大収穫。最年長77歳のYさん、次回もぜひ参加して下さいね。

閑話休題。鈴鹿サーキットに対する思いです。

※ 以下長文ですが文末に鈴鹿サーキットのオリジナルレイアウトを走っている車載動画があります。

中学生の時、立てた教科書の手前に隠して自動車雑誌を読んでいた。クルマそのものにももちろん興味があったけれど、いつも後ろのほうに載っていたモータースポーツの頁が好きだった。かっこいいと思った。漠然と将来レーシングドライバーになりたいと思っていた。

今から51年前の3月6日。鈴鹿サーキットで初めて旗を振った。自動車レースの近くにいたかったという動機。
旗を振る、とはレースの予選や決勝の時にコーナーポストから走行中のドライバーに旗で合図を送ることだ。ポストの先でアクシデントがあれば黄旗。コース上にオイルが出ている場合は赤黄縦じまのオイル旗。救急車などの低速走行車があれば白旗、等々。
以後、1979年9月に拠点をアメリカに移すまで鈴鹿サーキットレーシングコースで行われたレースには1度も欠かさず旗を振りに行った。そしてそれが後に自分がレースに出る段になって大きなアドバンテージになり、さらにドライビングスクールを主宰する上でも大いに役立っているという話。

ちなみにコースオフィシャルとして鈴鹿サーキットに通っていた頃はまだオリジナルレイアウトのままだった。安全性の向上を図りF1GPを開催するためにグレード1を得るためのコース改修は80年代に入ってからになる。
速度を落とすためのシケインはまだ設けられておらず最終コーナーはひとつの大きな下りのコーナーだった。100Rの1コーナーから先は70Rの2コーナーまで明確な直線があり60Rの3コーナーに続いていた(現在は100Rの1コーナーと60Rの2コーナーをごく短い直線でむすんでいる)。S字の逆バンク手前の左コーナーの曲率は現在よりきつく、ダンロップコーナーは現在よりかなり外側を通っていた。現在ふたつのコーナーからなるデグナーカーブは80Rの行けども行けども先の見えないひとつのコーナーだった。今より大幅に外側を外側を通っていたスプーンカーブ手前には今より長い直線がありスプーンの進入には大幅な減速が必要だった。スプーンの1個目と2個目の間にもフル加速できるほどの直線があった。現在は85Rと340Rの複合コーナーである130Rは、左手の山が迫っていて出口がなかなか見えない半径130mのひとつのコーナーだった。デグナーも130Rも直線が直接円弧につながる、つまり入り口にも出口にも緩和曲線のないずっと横Gがかかり続けるコーナーだった。当時のコース全長は6004m(現在は5807m)。130Rでちょいとブレーキングするだけでスプーン立ち上がりから1コーナーまで全開も可能というとんでもないダイナミックなコースだった。

コースオフィシャルとしてあちこちのポストで旗を振った。それはそれは得難い体験だった。目の前を走るクルマも最高速度270Kmのレーシングカーだったり、足を固めただけエンジンノーマルのセダンだったり、ウェーバーキャブの吸気音がたまらない高度にチューニングされた特殊ツーリングカーだったり。それらを操るドライバーも多彩。慣れてくるとドライバーそれぞれの癖がわかるようになった。さらに予選結果と照らし合わせると、速いドライバーの運転の仕方と速くないドライバーの運転の仕方に違いがあることを見つけた。とにかくポストによっては10m先をレーシングカーが全開で駆け抜けていくという体験をした。走行ラインによってスロットルを開ける位置が異なるのを知った。ターンインの位置とイニシャルのステアリングでこのマシンはコースアウトするな、と予測できるようになった。クルマの動きを見て、こういう操作をしているのだろうなと想像できるようになった。

旗を振っていた日々。目の前を、いったい何台のクルマが全開で限界ぎりぎりで駆け抜けていったことか。結果的に、旗を振り続けたことが自分の運転に対する観察眼を養うのに役立ったのは間違いない。今にして思えば、他人の走りを観察しているうちに『運転という行為』そのものを俯瞰することが無意識にできるようになったのではないかと。

役務態度が良かったとかで数年したら1コーナー入り口に位置する4番ポストの箱長(ポスト主任)が定位置になった。雨のレースで1コーナーからコースアウトしていたフォーミュラカーを押そうとしていたら続いてコースアウトしてきたマシンにひかれそうになったとか、FJ1300レースで2台がクラッシュ炎上してドライバーが火だるまになって逃げるのを消火器を持って追いかけたとか、そんな断片的な思い出もあるけれど、それよりも、当時国内最高峰のだったF2000レースで顔見知りになった優勝経験もあるドライバーのTさんから「吉田君、今回も見ていてくれた?ボクはどこでアクセル放してる?〇君とどっちが奥?」なんて聞かれることになって少し得意だったのを覚えている。自分の観察眼が役に立っていると思うから、ますます耳をそばだて目を凝らしたものだ。基本的にオフィシャルは有志の集まりではあるけれど、モータースポーツのこっち側にいるんだという意識は得難いものだった。

アメリカに居を構えてからもけっこう頻繁に日本に1時帰国をした。自分の中では1979年9月にジャーナリストとして初めて自動車輸出専用船で千葉からポートランドまで太平洋を渡ったのが貴重な体験だけど、パスポートを見返してみると2017年まででちょうど日米を100回も往復していた。
で、1981年に1時帰国した時にホンダの販売店をやっていたオフィシャル仲間のYさんが「クルマ貸すからレースに出てみない」と誘ってくれた。この頃にはアメリカでレースを始めることが視野に入っていたから出てみるのも悪くないと、急いでA級ライセンスを取ってレーシングギアを用意して鈴鹿に駆け付けた。出場したレースは1月11日に開催された新春鈴鹿300キロ自動車レース。シビックのワンメイクレース。ドライバーは2名なのでYさんチームのレギュラードライバーのOさんと組むことになった。慌ただしくも車検を通過してさあ予選というところで、それまで鈴鹿レーシングコースを自分の運転では走ったことがないことを再認識した無謀ぶり。
コースオフィシャルはタワー(管制塔)横から各ポストにマイクロバスで送られ、予選なりレースが終わるとまたマイクロバスが拾いにきてくれるから1回のレースで4周はコースを回ることになるけど自分で走ったことは皆無。それでもなぜか焦ってはいなかった、と思う。30分の予選をOさんが最初に走り途中交代して初めて自分で運転してレーシングコースに乗り入れた。確か35台出走で予選落ちが出るくらいだからたいそうな台数がコース上にいてもまれながらの走行だったような気がする。1コーナーから3コーナー、S字を登って逆バンク。初めて自分でクルマを操ってコースを走るのに妙に落ち着いていたような記憶がかすかに残る。10数分足らず。間違いなく最短の練習時間でレースに参加したドライバーというのが誇りでもある。

予選はもちろんOさんのタイムで15番手だったか。翌日の決勝レースのスタートドライバーもOさん。途中で交代する作戦。Oさんが、確か数台を抜いてピットインしてきて慌ただしく交代してコースイン。ピットアウトする時、3~4台が団子でストレートを駆け抜けていった。この時のことをすぐにでも感想文にでもしておけば良かったと思うほど、初めてのレースとは思えないほど順調にレースの流れに没頭できたと記憶する。

しばらくすると前を行く3台の集団に追いつく。3台は3台で牽制しあっているからペースが上がらず、3台の最後尾の真後ろまで追いつく。なにしろスプーンカーブを立ち上がると130Rで軽いブレーキングはするけど1コーナーまでは全開。下りの最終コーナーなんて全開なのにお尻が出たがる。10周もしていないサーキットでそんな走りができたのも、あちこちのポストで他人の走りを観察してきたからかなと考えていた。ダンロップの上りでスリップが効いているのはわかるけど、前のクルマのイン側にいたほうが効きがいいのか外側にかくれたほうがいいのか違う走行ラインを試した記憶がある。冷静だった。
とにかく、シビックのスリップストリームが効くのに驚いた。ホームストレートは下りだからかあまり効果がなかったけど、下ってからかなりの上りになる裏のストレートではスロットルを緩めないと前のクルマに追突しそう。で、坂を上り切ったあたりで前のクルマの横に出る。そのままスロットルを開けていると追越しちゃうから、『スリップを抜けると加速しないね』と嘘ぶいてスロットルを抜きながら、首を傾げて悔しがるふりをしつつ後ろに戻る。なにしろ3台の後ろでゴールすればポジションを守ったことになるから上出来。欲張る必要はない。

そして確かフィニッシュまで4周だったか。130R手前の24番ポストでイエロー1本の振動が25番ポストでイエロー2本の振動が出ている。見ると25番ポスト先のアウト側で1台のシビックが転倒している。レース規則では黄旗が出ているポストから事故現場まで追越し禁止。鈴鹿の場合、事故が大きければ直前のポストで黄旗の2本振動、その手前のポストで1本振動、その手前で1本静止を提示するローカルルールがあった。黄旗が振られている時にはペースも落とさなければならない。頭の中にコース図が浮かぶ。24番で1本振動ということは裏のストレートの中間、ストレートが上りにさしかかるところにある23番で黄旗の静止がでる可能性がある。するとそこから130Rまで追越し禁止になる。次の周に確認する。出ていない。追越し禁止は立体交差の先にある24番からだ。ヨシ。できるかどうか、最終ラップに勝負してみよう!
それまでのように3台の後ろでスプーンを立ち上がりスリップストリームに入る。前のクルマに近づく。微妙に操作し、ついていける範囲でスロットルをできるだけ緩める。立体交差はまだずっと先。横には出ない。前の3台が130Rに対してアウト側にラインを変える。わずかにステアリングを左に動かしながらスロットルを床まで踏み込む。130Rに吸い寄せられるように1台、2台を抜いて立体交差。最後の1台のイン側に並んだところで24番ポスト。黄旗区間。抜き返されることはない。『これは権利だからね』と意図的にペースを落とす自分を正当化しつつ、いつもより遅い速度で130Rのインにつく。当然後ろには抜いた3台が連なる。事故現場を過ぎる瞬間にスロットルをベタ踏み。後続も加速をしているのがルームミラーで確認できるものの、スリップストリームを使うには130Rで速度を落としすぎたのか、間隔が空いている。そのまま全開で最終コーナーに飛び込み3台の前でチェッカー。
※以前はJAFのサイトのこの頁にシビックレースの結果も掲載されていて自慢できたのだが、モータースポーツサイトのリニュアルで掲載対象が全日本選手権とそれに準じるレース、インターナショナルシリーズ等の一部のみになったため現在はお見せすることができないのが残念。

コースオフィシャルをやるようになってからレース関係のいろいろな情報に接することになり、モータースポーツ関係の仕事に携わることも増えてきた。70年代、唯一メーカー系でないJAF公認クラブだったレーシングクォータリークラブ(RQC)の最後の事務局長を務めた(RQCはその後VICICと名前を変えて活動)。日本オフロードレース協会の事務局も預かった。日本テレビの木曜スペシャルの企画もやった。筑波サーキットでプロのレーシングドライバーと本職のドライバーに3軸のダンプトラックでレースをしてもらったこともある。本職のドライバーが桑島さん、津々見さんより速かったのには驚いた。

アメリカに渡った目的の中には自動車レースにへの参加もあったけれど、レースデビューを日本でするとは正直思ってはいなかった。そのアメリカでは1982年11月にリバーサイド6時間レースでレース活動を開始。1987年にレース活動を中止するまでに走ったサーキットはリバーサイドインターナショナルレースウエイ(CA)、ウィロースプリングスレースウエイ(CA)、カールスバッドレースウエイ(CA)、ホルタビルレースウエイ(CA)、ラグナセカレースウエイ(CA)、シアーズポイントレースウエイ(CA)、フェニックスインターナショナルレースウエイ(AZ)、ポートランドレースウエイ(OR)、ロードアトランタレースウエイ(GA)。アメリカのサーキットも80年代後半になると安全面とか興行面から、どちらかと言うと危なくないストップアンドゴー的なレイアウトに変貌をとげた。だから、そうなる前のドライバーに挑むようなオリジナルコースを走れたのは幸せだった。
アメリカのサーキットには日本のように時間単位で走れるスポーツ走行なる走行時間帯はない。レース以外に走ろうと思えば貸切る以外に方法はない。なので初めてのサーキットはレースウィークで初めて走ることになるのだけど、そこでもコースオフィシャル時代の経験が役に立った。

SCCAのクラブレースは当時、ツーデーレースで土曜が練習と予選で日曜がウォームアップと決勝という流れだった。練習、予選とも確か30分が割り振られていたと記憶するけど、初めてのコースでもタイヤを温存したかったから最大5周しかしなかった。その代わりコースのあちこちに行って人の走りを見ることにしていた。サーキット攻略のセオリーは長い直線に続くコーナーの立ち上がり速度を上げることと高速コーナーを速く走ること。コース図を見てカギとなるコーナーで他人の走りを目に焼き付けた。スロットルを開けるのが早くても立ち上がり速度は速くない例。突っ込み過ぎてブレーキングでタイヤがロックしてラインから外れる例。注意深く見ていると、どこでどうすべきかのイメージを作ることができた。セダンクラスだけでなくフォーミュラカーでもレーシングカーのクラスでも運転手が何をしているかを想像しながら見ていると大いに参考になった。
GT5スターレットは6Jのホイールに9.5インチのスリックタイヤを履いていた。当時で1本100ドルちょっとだったと記憶する。タイヤサービスをしていたファイアストーンのジョーは2レースでの交換を勧めていたけど、我がチームの予算では4レース使わざるを得ない状況だった。だから、もちろんタイヤをこじることはご法度。コースインしてもタイヤを温めるためのウィービングはしなかった。アウトラップでは長い加速と長い減速を繰り返しタイヤが温まってくれるのを期待していた。コントロールラインを通過したら1周目より2周目、2周目より3周目が速くなるように走った。ペースを上げる時にはブレーキングポイントを遅らせるのではなく、むしろ気持ちブレーキをかける位置を手前に持ってきてブレーキの量を少なく、ターンインの速度を上げることを目指した。他人の走りを見ていてタイムを稼ごうとブレーキを遅らせる>強いブレーキをかける>アンダーステアが出る=失速、という例をいやというほど見せつけられていたし、なによりも1度速度を落とすと回復するのが簡単ではないことをコースオフィシャル時代に見抜いていたから。
ローリングスタートからグリーンフラッグになっても、毎周ラップタイムを少しでも更新できるように走った。ライバルの後ろにつくことができても最終ラップの1周前までは抜かなかった。リバーサイドのダブルエッセスやウィロースプリングスの5速全開のターン8ではスリップストリームが強烈に効くから追い抜くことはできたが、スロットルを戻してその時を待った。抜いた後は1周だけタイヤライフを無視して走った。ライバルはあっけにとられていたと思う。
ジョーは使うのを反対したけど、カーカスが出たタイヤでレースに勝ったこともあった。とにかく接地面の形が変わらないような運転を心がけていた。ウィロースプリングスで急な雨に降られ他のドライバーがレインタイヤに履き替える中、ジョーに借りたグルービングアイアンでスリックタイヤに泣く泣く溝を掘り、そのタイヤで勝ったこともあった。そのスリックはそこで寿命となってしまったけれど。

振り返ればあれだけ少ない予算でよくやったと思う。逆に予算が少なかったのが良かったとも思う。足りない分は自分でなんとかしてやろうという意識が非常に強かった。
スクールでモータースポーツは世界中で最も不公平なスポーツだと話す。ハード(クルマ、タイヤ等など)にしろソフト(練習、シュミレーション等など)にしろお金がかかる。だから基本的には予算の多寡で序列ができる。モータースポーツの楽しみ方は、相応の序列の中で自分の知恵なり工夫で次の段階に上がる努力をする過程にあり、上がれるかどうかよりも努力を続けられるかどうかにあると信じてきた。
スポーツドライビングもそうだ。やみくもに速さを追いかける必要はないと話す。それよりも、その時点での速さをいかに楽に、いかにクルマに負担をかけないで実現できるかに発想を転換し知識を総動員して工夫すれば、その時に初めて次の速さが見えてくると思っている。
工夫には自分の中に蓄積されているものを活用する。蓄積されているモノが多ければそれだけ引き出しも増える。蓄積されているモノを充実させるためにはいろいろなものを取り込まなければならない。取り込んだモノの質を高めるためには、有用なモノとそうでないモノを見分ける目が大切だ。自分の場合はコースオフィシャルをしていた時期にモノを見る目を養えたのが幸いだった。だから、ある意味で運転は五感を使った情報収集作業でもあるとも話す。

【鈴鹿サーキットオリジナルレイアウト】 1981年全日本F2選手権第4戦鈴鹿のサポートイベントとして開催されたシビックレースに参加した津々見選手の車載映像。鈴鹿サーキットのオリジナルレイアウトがわかる。上の変更点の記述を参考に冒頭の映像と見比べてみてはいかがだろう。

自分の経験を伝えたいと思ってユイレーシングスクールを始めた。そして自分の経験の土台になった鈴鹿サーキットだから、クルマ好き運転好きの人には1度は鈴鹿サーキットを走って類まれなロードコースのなんたるかを知り、経験として蓄積してほしいと思うからYRS鈴鹿サーキットドライビングスクールを続けている。