トム ヨシダブログ

第832回 記憶のかなたの1

832tom
少年が育った品川区大井出石町。近くにPXがあったのでカーキ色に塗られたジープやトラックが頻繁に走っていた。それ以外は八百屋さんのオート三輪とおわいやさんのバキュームカーをたまに見かけるほどの静かな住宅地だった。

 

出石町には、地面にボールを置くとちょっとの間をおいて転がりだすほどの坂道がいくつかあった。少年の家の前の細い道も大通りに向かって下っていた。家の前の八百屋さんのお兄さんや近くに住む年上のいとこの手を借りて作った『りんご箱自動車』で坂を下るのが少年の楽しみだった。

それが小学何年生の頃の話だったか記憶が怪しいけど、リンゴ箱に収まったのだから高学年ではなかったろう。それでも少年はみっつの発見をしている。

りんご箱の底に横向きに4枚の板を打ち付け、鉄製の戸車を板を下駄にして取り付けた自動車。何度も繰り返し走らせたのだろう。地上高を稼ぐために本来の使い方ではなく車軸が取り付け面より下にくるように取り付けた戸車は容易にもげてしまった。戸車を取り付ける2本の木ネジにかかる応力が大きいのが原因だった。それ以来、板を2枚重ねて戸車を本来の向きに取り付け車軸とシャーシ=リンゴ箱の距離を縮めて剛性を上げた。

ある時、鉄製の戸車が荒れたアスファルトの路面を転がる音がうるさいので、当時珍しかった樹脂製の戸車を取り付けたことがあった。確かに走行音は低くなったけど、ものの数回でタイヤがちぎれてしまった。自動車の車輪には丈夫さが必要なことを痛感した。

幾度も坂を下っているうちに、本物の自動車のように『舵』が切れるようにしたくなった。丈夫な長い板の両端に戸車を取り付け、その板を太い釘でリンゴ箱の中央に留めた。板の端を両手で持って右や左に回せばリンゴ箱の向きが変わるはずだった。しかし、転がっているリンゴ箱は手を動かしたその一瞬はリンゴ箱の前側がわずかに向きを変えるような動きをするものの、次の瞬間には失速。坂を下ることも動くこともやめてしまった。
車輪の向きを変えれば自動車の向きも変わる。そんな単純な話ではなかった。アッカーマン方式のステアリングなど知るよしもない小学生。それでも「車輪が横を向くと抵抗になる」ということは学んだ。

八百屋さんがくれたリンゴ箱が少年に「移動する楽しさと喜び」を教えてくれた日々ははるかかなたに。



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