トム ヨシダブログ

第443回 人間と自動車技術の進化

今から54年前。バイアスタイヤしかなかった時代。10インチタイヤを履いた全長3,000㎜、排気量360㏄の小さな軽自動車で運転の楽しさに目覚めてからというもの、クルマが自分の能力を拡大してくれるモノだと確信してからというもの、自動車技術の進化には常に心が躍ったものだ。自分自身が成長できるような気になったと表現したら、言い過ぎか。

運転を始めて数年経ったころだと思う。初めてラジアルタイヤを履いたクルマに乗った。ミシュランXASを履いた初代カローラだった。まだ国産のラジアルタイヤはない。
これは衝撃だった。ステアリングを切ると間髪を入れずにクルマが反応し、しかも路面のわだちにも影響を受けない。外乱も少ない。バイアスタイヤでは細かな修正を続けるのが当たり前であったけど、ラジアルタイヤはクルマを前に進めることだけに集中することを可能にした。進歩ではなくクルマの進化。

半世紀の間、クルマの進化を目の当たりにしてきて、その過程で少しずつ、自分がクルマに求めるものが明確になっていった。こういうクルマが欲しいという明確な指標を持てるようになった。ところがそのようなクルマが存在するわけもなく、手足のように自由に操れるクルマ、思いのままに動かせるクルマがあるといいな と。

それは、まず軽いこと。全長は4mぐらい。後輪駆動。前後の重量配分が50対50に近いこと。前後のオーバーハングが短く、かつオーバーハングマスができるだけ小さいこと。NAエンジンで200馬力は欲しい。そんなイメージ。現実的ではない性能は必要ではない。交通の流れを余裕を持ってリードできる。けれど、できるだけ人間の重さとのクルマの重さの差が少ないほうがいい。クルマの運転というものは運動エネルギーを転換する作業だし、運動エネルギーは車重X速度の二乗の半分だから、車重が軽ければ加速減速旋回のどの場面にも有利だ。それが持論。

第347回で紹介したYRS Eプロダクションロードスターを作りたいと思った動機もそこにある。

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2010年に終の愛車として衝動買いしたルーテシアⅢRSは前輪駆動。他の要素は満たしているけど、操舵輪と駆動輪が同じでフロントヘビーなクルマ。それでもいいと思ったのは、広いトレッドやボディの作りこみ、疑似ダブルウィッシュボーン的なダブルアクスルストラット、リッター当たり100馬力を超え7,500rpmまで回るNAエンジンなどの魅力が、前輪駆動という不利点を上回ったから。フロントが重いのと前輪駆動の特性は乗り手の腕で補う自信があったから。

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そして今年5月。四国の山の中でアルピーヌA110に乗る機会があった。ルノーネクストワン徳島の一宮さんを助手席に乗せて走り出した瞬間、背筋に緊張が走った。車高が低いツーシーターではあるけれど、それ以外は全て自分が育んできた理想のクルマのイメージとぴったり重なった。そこには、利点を生かすために運転手が不利点を補わなければならない、という計算は必要でなく、あくまでも個人的にだけれど、利点ばかりのクルマだった。半世紀にわたって温めてきた自分の理想のクルマ像、手足のように自由に扱えて思いのままに動かせるクルマに初めて出会った現実。顔がほころぶほど嬉しかったのを覚えている。

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具体的な利点を挙げだすときりがないので省くけど、今のところアルピーヌA110の不利点は見いだせない。だから、独善かも知れないけれど、利点だらけのクルマをできるだけたくさんの人に味わってほしいと思って、YRSオーバルレースとYRSオーバルスクールの参加者に乗ってもらったというわけだ。

あとは、味わった人が自分のクルマでもアルピーヌA110のように安定した走りができるようなイメージを育ててくれれば、ユイレーシングスクールの20周年にふさわしかったのではないかと。

よどみのないA110の走り

12月1日のYRSオーバルスクールに参加された方のアルピーヌA110試乗記は来年初めに紹介する予定です。



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