身震いしているかのような
ドッシリと構えているような
鈴鹿サーキットに到着してもオドメーターの数字は3,200弱。
3,000キロまでは3,000回転を上限に回してみたけど、まだ全開にはしたくない気分。年に1度のYRS鈴鹿サーキットドライビングスクールには間に合わなかったけど、リードフォローのリードカーとして初めてサーキットに足を踏み入れた。
その時の動画がこれ。
F1日本GPも開催される日本のモータースポーツの聖地、鈴鹿サーキット。高速コースなので一度はユイレーシングスクールを受講した方を対象に開催している。今回は21歳から67歳まで、平均年齢48.6歳の若者が伊勢湾を遠くに眺めながら聖地のストレートを駆け下りました。
走行が終わればみんな笑顔、笑顔、笑顔。
まだ全開にはしていないし、今回は「RSボタン」は使わずにマニュアルシフトで走ったのだけど、2,000回転も回っていればトルクがモリモリのルーテシアⅣRS。ルーテシアⅢRSとエンジン特性も違うし、足回りのフィーリングも異なるけど、このクルマもいい。
運転の上達に励む、って覚悟のある人にはうってつけの教材、です。これでユイレーシングスクールを受講したら運転の達人になれること間違いなし。
今年は天気がすぐれない日が多い。湖西の桜も遅めの開花。いつもの場所の桜が満開になるのを待ってパチリ。
琵琶湖バレーの入り口で
湖西道路への連絡道で
4月半ばにはスクール三連荘。回したい衝動を抑えながら関東に向かった。
まずは富士山にご挨拶。2週間前より道端の雑草が青々と
枝垂桜はいつも通り見事だったけど、天気がねぇ
晴れていれば正面に富士山が見えるのだけど
う~ん、残念
富士スピードウエイの前で
富士霊園にお邪魔して1
富士霊園にお邪魔して2
富士霊園にお邪魔して3
富士霊園にお邪魔して4
雑誌エンジンの長期テスト車メガーヌRSの担当塩沢副編集長と
4月9日。13年目に入ったエンジンドライビングレッスン。記念すべき50回目
4月11日。今年2回目のYRSドライビングワークアウトは雨でした
4月12日。7年目に入ったポルシェクラブ千葉のプライベートレッスン。富士山は雲の中
ルージュ フラムはいつでもどこでも鮮やかだったけど、今年は透明度のある桃色に出会えなかったのが残念でした。
テレビ番組である畜産企業の特集をやっていた。とにかく、そこで育てられた牛は旧来のブランド牛に勝るとも劣らないほど美味しく、日本はもとより海外でも評判だという。
しかも、4,800頭もの牛を育てる畜産企業は日本にひとつしかないという。合理性が畜産業を変えた、というホストのコメントもあった。まさに日本の第一次産業におけるリーディングカンパニーなのだろう。
番組で流れた情報を整理すると、
・従来の小規模農家の殻を破り、牛を育てることを唯一最大の仕事と位置づけ、飼料の供給や小屋の掃除は外部に委託。
・平均年齢25歳、15人の従業員が行なうのは徹底して牛の管理だけ。牛を観察することに最も時間を費やし、あらゆる手段を講じて牛がストレスなく成長できる環境を用意する。
・従業員は牛と向き合い様々な問題を解決していく過程で自身が牛とともに成長できるから、と入社1年目から牛200頭を任される。
まだまだ話は続くが、次から次へと小気味良いほどに合理的なシステムが紹介された。
キーボードを叩きながら見ていたのだが、ふと、手が止まった。
今までの地方名ではなく自分個人の名前を冠したブランド牛を育てる社長が、育てている牛のことを 『牛さん』 と呼んだのだ。
一瞬、んっと思った。一般的に畜産業は牛を育てるのが仕事だが、やがて牛は我々人間の胃袋に収まる。恥ずかしい話だが、畜産業の方々は牛を商品だと割り切って育てているんだろうな、と勝手に思いこんでいた。でないと切ないな、と。
しかし、どうやらそれは間違いのようだった。
その社長は、なんのてらいもなく『牛さん』と何度も何度も口にした。
その話を聞いて吹き出したホストにはムカッとしたが、社長は大真面目な顔で「牛さんは、かわいがればかわいがるほど自分で美味しくなろうとしてくれるんです」とまで言い切った。
従業員も『牛さん』を撫で回すこと、撫で回すこと。
んっ、と思ったのには、他にも理由がある。
『牛さん』が過去の記憶とオーバーラップしたのだ。
1999年12月。日本に来て初めてドライビングスクールを開催する数ヶ月前のこと。当時の読者は700人足らずだったと思うが、ドライビングスクールの宣伝も兼ねてアメリカからメールマガジンを発行していた。
【参考】 ユイレーシングスクールメールマガジン第1号(1999年9月1日発行)
当時は今ほど運転についての合理的な情報が豊富ではなく、少しでも理にかなった運転を広めたくて始めたのだが、その中で『クルマさん』という言葉を使っていた。昔から車も車と書かずにクルマと書いてきた。
ところがメールマガジンを読んだ方からお叱りのメールがきたことがあった。「車さんという表現が気持ち悪い。車にさんをつけるとは何事」という主旨だった。
以前から執筆する時に使っていた言葉だし、クルマを擬人化しようと思っているわけでもない = 道具として使い倒すことが最大の賛辞だと思っているし、あがめたてているわけでもない = 床の間に飾るなんて考えられないし、あくまでも自分にとってのクルマとの距離を表したかっただけなのだが、不特定多数に配信するメールマガジンゆえ気持ち悪いと受け取る人がいるのだろう。それ以来ほとんど使わないようにしてきた。
牛さんとクルマさん。生き物と工業製品、生命体と無機物の違いはあるけれど、社長はもちろん従業員の方々まで自然な流れで『牛さん』と口にするのを聞いていて、ボクが使っていた『クルマさん』 と重なるものを感じた。時と場合によっては使うことを躊躇しないほうがいいな、と思えた。
だからと言うわけでもないが、前回のブログで控え目に使ってみた、というお話。
いい景色です
関東で打ち合わせが数件あったので、慣らしを兼ねてYRSルーテシアを連れ出した。
自分の影が写り込んでいるけど広角で撮りたくて
過去、ルーテシアⅣRSで受講された方が何人もいるのでどんなクルマかおおよそのことはわかったつもりでいたけれど、じっくりと付き合うのは初めて。まずはYRSルーテシアと仲良くなるための儀式。
今年の富士山は雪が多かった
最近のクルマは慣らし運転が必要ないと言われてるし、初回のオイル交換も10,000キロでかまわないと言われているし、技術はどんどん進歩でしていてクルマは手がかからない道具になりつつある。
しかし、クルマは洗濯機や冷蔵庫とは違う。人を乗せて、時には時速100キロで走る機械だ。人間の言うことを聞かなくなることが致命的な道具だ。
近代の工業製品だから故障とは縁遠いはずだし、キチンと使えば壊れることはないはずだ。それでも、今まのクルマ同様に、必要ないと言われているランニングインをしている。
去年は見事な桜に挨拶できたのに
クルマさんは「回してもいいヨ」と言っているかも知れないが、「ならお言葉に甘えて」とブン回しては、お互いの関係の始まりとしては、いささか味気ない。
もちろん、クルマさんにこちらの気持ちが伝わることなどあり得ないことだし、伝えることが目的ではない。
こちらも数日早かった
もちろん、自分流のランニングインが終われば、他のクルマ同様レッドゾーンまでしっかり回してあげられる機会を設けるつもりだ。
それまでの間は、自分のYRSルーテシアに対する思いを整理する期間。少しずつ癖を知りゆっくりと身体になじませるための時間。
ルージュ フラムを選んで良かった
お尻のラインが
終の相棒としてて選んだルーテシアⅢRSが嫉妬すると困るけど・・・。