トム ヨシダブログ


第202回 モメンタムレース

アメリカではオーバルレースのことをモメンタムレースと形容することがある。

momentum 【名詞】〔力学〕運動量; 惰性; はずみ,勢い.


反時計回りのコーナーしかないオーバルコースでは、つまり、常に左コーナーを回ることになる。

コーナーが2つのオーバルコースに始まって、デイトナインターナショナルレースウエイのようなコーナーが3つのトライオーバルコース、インディアナポリスレースウエイのようなコーナーが4つあるレキュタンギュラーオーバルがあるけれども、どれも最高速に達するであろうストレートエンドの速度ではターンインできないという宿命にある。

そこで、コースオーナーはコーナリング速度を高めるためにコーナーにバンクをつけてハイスピードのレースを実現する。オーバルレースに参加するチームは、右側後輪を大きくしたり右前輪にマイナスキャンバー左前輪にプラスキャンバーをつけたり、規則で許される範囲であらゆる手を使いマシンが左コーナーだけをより速く走れるようにする。しかし、それでもコーナーに入るのには減速するかコーストしなければならない。

だから、オーバルレースで勝つのにはできるかぎり直線での速度を保ったままコーナーに入りコーナーを抜けることが重要になる。しかも、ほとんどの場合オーバルレースはコーナーが回りこんでいるのがふつうで、速度域が高く空気抵抗も走行抵抗も大きいから、一旦速度を落としすぎると回復するのは不可能に近い。

それで、『ストレートで蓄えたエネルギーをできるだけ殺がずにコーナリングにつなげる』ためのクルマのセットアップが重要になり、それを生かすための走り方が求められる。そんな思想を表したのがモメンタムレースという言葉だ。

因みに、ロードレースのことはトラクションレースと形容することがある。


ユイレーシングスクールがスクールやスクールレースで使っているオーバルコースは、高々130キロぐらいしか出ないけれど、そこを速く走るためには加減速よりも慣性エネルギーを意識する必要がある。加速時間を長くしたり、減速時間を短縮して速さを狙うとます失敗する。

実際、ほんの些細なことで失速するから操作より走り方、意識がラップタイムの向上につながる。だからロードスターがポルシェを「食う」なんてこともありうるから、オーバルコースは面白い。オーバルレースでは、優位に立っていたドライバーがリアビューミラーに大きくなった後続車を見つけたとたんにリズムを崩して後退するなんてことが頻発するから、オーバルレースは面白い。

◎ YRSトライオーバルFSWのオンボード映像


◎ YRSトライオーバルFSWを走るインカーカメラの映像


◎ 9月18日YRSオーバルスクール


◎ 9月17日YRSオーバルレース


速度はそれほど高くないし、セーフティゾーンも広すぎるぐらいだから、ご自身のクルマを目いっぱい加速させてスピードを落とさずにコーナリングしてみたい人にはうってつけのYRSオーバルスクールと、ヨーイドンから最後まで集中を切らしたら終わり、駆け引きを存分に楽しめるYRSオーバルレースです。

みなさん、お待ちしています。


第197回 34年ぶりに昔の相棒と

その昔、日本製のレーシングカーでレースがしてみたくて、鈴鹿にあるレーシングカーコンストラクター、ウエストレーシングカーズの神谷さんに無理を言って作ってもらったことがある。

197-1
本当に久しぶり
今の相棒と

当時、日本ではFJ1600と呼ばれるスバルの水平対抗1600ccエンジンをトランスミッションごと移植したナショナルフォーミュラが産声を上げたばかりだった。
アメリカでは世界的に入門フォーミュラとして定着していたフォーミュラフォード(FF)のレースが行われていた。もっとも、スポーツカークラブオブアメリカ(SCCA)のそれは、エンジンこそ同じ1600ccOHVのケントユニットにヒューランドトランスミッションという組み合わせを使うものの、タイヤは世界的に使われていたバイアス構造の溝付きではなくバイアスのスリックタイヤだった。

ポテンシャルパフォーマンスは同じようなものだろうからと、1982年式ウエストレーシングカーズ製のFJ1600のリアフレームとリアサスペンションを変更し、ケントユニットとヒューランドトランスミッションを押し込みFFに変身させてアメリカに送ってもらった。

日本製のフォーミュラフォードは世界中でこれ1台。それが自慢だったし、あわよくば日本製レーシングカーの世界進出につながるかななんて夢を見ていたのだけれど、世の中はそんな甘くなかった。

渡米した76年当事よりは円が高くなったとは言え、1982年の対ドル為替レートはまだ240円前後で推移。かなり頑張って頑張ったのだけど、円が太平洋を渡ると目減りしてしまい、FFのレース活動を続けるられるほどの余裕は生まれなかった。酸っぱい思い出。
せっかくSCCAの公認を取ってレースに参加したのだけれど、出るからには勝てるエンジンがほしかったけどそれもかなわず、ガレージに眠らせておくのももったいなく、泣く泣く神谷さんの元へ送り返した。

あれから30数年。神谷さんから「WEST82FFをあのままにしておくのは忍びないからFJ1600にコンバートする。ついては鈴鹿のレーシングリジェンドミーティングで乗らないか?思いでもあるだろうし」とありがたい電話。当事満足に走らせてあげられなかった負い目はあるけど、よろこんで再会を約束。

197-2
往年のFL500やフロンとラジエターのFJ1600に混ざって

197-3
伊勢湾に向かって鈴鹿サーキットのストレートを下る

197-4
やっぱり風のあたるマシンは楽しさいっぱい

※再コンバート後のテストもしないままだからペースは控えめ

鈴鹿レーシングリジェンドミーティングは、かって鈴鹿サーキットのアマチュアレースを走り幾多のレーシングドライバーを輩出した国産フォーミュラカーを称え、その存在を後世に残そうという試み。4回目になる今年は夏を思わせるような暑さの7月2日に行われた。
第3回鈴鹿レーシングリジェンドミーティングの模様はこちら

197-5
第4回鈴鹿レーシングリジェンドミーティングの参加者と記念撮影

197-6
フォーミュラフォードだった証 WEST82FF のプラック

197-7
アメリカのレースで着ていたシンプソンのレーシングスーツを引っ張り出して
3レーヤー綿入りは暑かった !!!

ウエストレーシングガーズの神谷さんありがとうございました。


第192回 レースで腕を磨く

ユイレーシングスクールは卒業生を対象にレースを開催している。レースと言ってもライセンスも要らないし、ふだん乗っているクルマで参加できるし、観客もいないから、日本で一般に認識されている自動車レースとは少しばかり趣きが違うかも知れない。

しかし、『クルマを道具として用い、速さを勝敗の要因とする競技』という自動車レースの定義からすれば、れっきとしたレースだ。しかも知っている人は知っているけど、YRSスクールレースの常連はレベルが高くしぶとい。

なので、手軽に参加できる割に敷居が高いのだろうか、新規の参加者がなかなか増えない。そこで、6月と7月にレースデビューキャンペーンをやることにして、初めてYRSオーバルレースに参加する人には参加費大幅割引の特典を用意した。

で、6月のレースには4名のYRS卒業生がレースデビューを果たした。ユイレーシングスクールはレースに出ることもドライビングテクニックの向上に役立ちます、といつも言っているけれど、実際に初めてレースに参加した当人がどう思っているか、感想文を読んでもらったほうが手っ取り早い。今回は2名の方が送ってくれた。

192-1
YRSオーバルレースはローリングスタート

・Mさん 51歳 VWポロ
今回、YRSオーバルレースを大変楽しませて頂きました。オーバルレースと言えばインディ500とかありますが、今まで全く興味なかったんですよ。それよりルマンとかニュル耐久レースの方が本物のレースと思っていました。がしかし、目から鱗でした。やはり食べず嫌いではダメですね。以下、私の感想です。
‐ まず、今回初めて参加の人達に、参加費用含めてハードルを下げて頂いたので気軽に参加できました。他の初めて参加者の方たちも同様のコメントされてました。従いまして、間口を広げるために継続されてはいかがでしょうか。
‐ いつも前後左右に車がいるため、常に360度注意を払いながらドライブをするよいレッスンになりました。
‐ 他の車がいつも近くにいるので相手との駆け引きみたいな状況が生まれて、考えてドライブする癖をつけるよいレッスンだと思いました。
‐ 相手が差し迫るとミスしがちですが、レースでもメンタルを冷静にする必要がありますね。勉強になります。
‐ サーキットの走行枠で走るのと違い、相手がいるので時にドライブのセオリーを無視した状況下に陥ることもままありましたが(コーナーで鼻先を先に入れたいがために突っ込み過ぎるとか)それも含めてレースなのかなと面白かったです。
‐ 車の性能差を気にせずレースが出来る安心感がありました。
‐ アイドルタイムが少なく多くのセットを周回出来るので、費用対効果大と感じました。(普通の走行会やレースだと20-30分2本とかで費用も高い)
‐ やはりFMラジオを通じてリアルタイムにアドバイスを頂けるのがためになります。(後でこうでしたよと言われても、もう忘れている場合がほとんど)
‐ みなさん、レースとはいえマナーが大変良いと感じました。私が参加する走行会では赤旗や、強引なせめぎあいなど気分を悪くするケースが多いのですが、それが無さそうですね。サーキットでのレースになれば変わってしまうのかもしれませんが。
‐ 都合が合えば、また参加したいと思います。
‐ オーバルのみならず、FSWのショートコースや筑波1000あたりでも開催して頂ければいつか参加したいです。


・Oさん 50歳 NDロードスター
先日のオーバルレースではお世話になりました。
1日中、自分的にはかなりの距離を走ることができ、昔に比べてクルマを制御するレベルは格段に上がったのではと認識しています。やはり、たくさん走れるのがユイレーシングスクールおよびレースの良い点かと思います。同じ動作の繰り返しで単調な部分はありますが、自身のスキルが低いこともあり、毎周違う状況が出てくるのでそれを克服し再現性を高める意識が出てくること、1周毎に失敗・トライと修正・改善を短時間のうちに繰り返しできること、クルマの限界部分の思わぬ挙動を余裕をもって対処しスキルが習得できること、がオーバルのメリットかと考えます。
一方で、こちらから取りにいかなければいけない部分かもしれませんが、自分が客観的に見てどのくらいのポジション・スキルにいるのかが可視化できればいいなとも思いました。参加しているクルマは同じ車種でも中身はそれぞれで、どのくらいが自分のベンチマーク・ターゲットなのかが容易に意識できるといいなとも感じました。
それから個人的な悩みですが、このままノーマルで走り続けるのがいいのか、少しはクルマに手を入れたほうがいのかよくわからないところです。自分の運転スキルを上げていくことが目的なので、経済的にあまり余裕が無い中、いじることより走ることにお金をかけた方がいいと思っていること、クルマをいじると自分のレベルアップなのかクルマのレベルアップなのかわからなくなること、からしばらくはノーマルのままで走っていこうと考えていますが、それでいいのかどうか正直よくわからないところです。
7月のレースもできれば参加したいと考えておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

192-2
性能差が表れにくいコースレイアウト

192-3
動力性能が勝っていても抜けない

192-4
自分がミスをせずに

192-5
相手がミスをした時しか抜けない

192-6
ノーマルの足でも

192-7
SUVでも参加できる


7月のYRSオーバルレースもキャンペーン中です。YRSオーバルスクールを受講したことのある方はぜひ遊びに来て下さい。


第164回 青春の音色

* * * * * * * * * * *

1960年代後半から80年代初頭までFL500というレースカテゴリーがあった。ミニF1とまで呼ばれたそれは日本独特のもので、当時の水準からすると高度に洗練されたシャーシにチューニングされた軽自動車のエンジンを搭載していた。
FL500のFはフォーミュラカーのFで、文字通りタイヤむき出しの葉巻型レーシングカー。Lはリブレでスペイン語。意味は『自由』。何にも縛られないところから由来する。だから、世界ではもちろん、日本でもモータースポーツ権能が定めた車両規則からも逸脱する成り立ちだったけど、それだからどこをつついても魅力だらけのクルマだった。

そして、FL500が自動車メーカーの主導ではなく、大きな志を持った個人個人が作り上げたカテゴリーだったことに非常に大きな意義がある。

ある人は将来F1を作りたくてその道に入った。ある人はスポーツカーメーカーになることを夢見ていた。夢に向かって真っ直ぐだった。誰もが、誰かに頼まれてやったわけではない。お手本があったわけではない。誰もが、自分がやりたいことをやろうとしていた。壁が立ち塞がろうと、自分を信じ覚悟を決めて乗り越えてきた。そんな人達が創り上げた作品がFL500レース。

ある人はF1ドライバーになるための一歩としてFL500レースに参加した。日本人初のフルタイムF1パイロットの中嶋 悟さんもFL500が羽ばたくきっかけになった。今でも数多くのFL500卒業生が日本のモータースポーツシーンで活躍している。

その昔。日本のクルマ社会の片隅の片隅にではあるけれど、クルマが好きで運転が好きな人が織りなす、決してゆるぐことのない強い、強いうねりがあった。

30年の時が過ぎ、今またその潮流が起きる予感がする。それを確かめに、10月18日、とんでもない秋晴れの下で行なわれた第3回鈴鹿レーシングリジェンドミーティングにおじゃました。
そこには昔FL500を作った人、昔FL500を走らせた人、そして、今もFL500のとりこになって青春を謳歌している人たちがいた。

腹に響く野太いホンダ空冷2気筒エンジンのエキゾーストノート。甲高く耳に残るのはスズキ水冷3気筒のエキゾーストノート。懐かしい音色を聞きながら撮影した写真をまとめたのが冒頭の動画です。


第130回 Kさん レースデ ビュー


RSはサーキットが似合う

ルノー・ジャポンのブログでユイレーシングスクールのことを知ったKさん。昨年3月に愛車ルーテシアRSとともにYRSオーバルスクールに参加してくれた。
その後、YRSドライビングワークアウトやYRSトライオーバルスクールなど昨年中に4回、今年に入ってYRSオーバルスクールにも参加してくれた。

Kさんがサーキット走行を楽しまれていることは知っていたから、ことあるごとに「YRSのスクールレースに出ると運転の幅が広がるしスクール以上の効果がありまっせ」とささやき続けたのが功を奏したのだろう、2月のYRSスプリントレースに参加してくれた。

レースと言っても、ドライビングスクールの一環として行なっている卒業生を対象としたスクールのようなもの。一度でもYRSのドライビングスクールを受ければ参加する資格はあるし、クルマにも特別な準備をする必要はない。とにかく、とかく敷居の高い日本のモータースポーツ界にあって、少しでも多くの人にヨーイドンの醍醐味を味わってもらいたいと思って始めたのがYRSスプリントレースとYRSエンデューロレース。
だから、レースでの走り方も教えるしレーシングマナーも教える。サーキットを走ったことがあって、YRS流のクルマを意のままにコントロールする方法を知ってもらった人は誰でも参加できる。

と言っても、レース内容もそれなりかというとそうではない。続けて参加している人のレベルはかなりのもので、彼らが公式なレースに出ようと決心さえすれば上位に食い込むのも難しくはない。
実際、Kさんが今回参加してくれたYRSスプリントレースを卒業してライセンスを必要とするレースに参加し、優勝したりシリーズチャンピオンになった人が何人もいる。

さて、サーキットを走ることには慣れていたKさん。初めてのヨーイドンでどんな振る舞いをするか興味深く見させてもらった。
結果は上出来。結果は別としてしっかりとレースをしていた。

8月に行なうYRSスプリントレースにも参加してくれるそうだし、その前にYRSオーバルスクールにも来てくれるそうだから、その時にでもあと1、2台を食う方法をアドバイスしようと思っている。

後日初めてのYRSスプリントの感想を求めたら、Kさん自身のブログにまとめましたと返信があったのを付け加えておこう。


ローリングスタートからヨーイドン
気持ちのいい瞬間


コーナリングスピードに勝るツーシーターを追いかける
気分が透明になったかな?


追って追われて
だけど2台とも突っ込みすぎ!


レース中何を考えているのか?
いや、何も考えてはいないはず


勝とうと思ってレースを走って、レースに勝った人はいない


最初にやるべきことは自分がミスなく走り続けることだ


レース中のラップタイムを見ながら
「フムフム、悪くないんじゃない」

photo:YRS + Rumi Masuda


第129回 クルマだからできること 5


扱い方さえしっていればどんなクルマでもニュートラルステアで走らせることができる

1979年9月。2200台のクルマをお腹いっぱいに詰め込んだ輸出専用船に乗り込み千葉港を出帆。10日目にはバンクーバーで半数のクルマがおろされ、12日目にはポートランド港で続々と埠頭に向かって走るクルマを横目に下船。初めて海路アメリカに渡った。
まだ秋口だというのにアリューシャン列島付近では大時化。船内の傾斜計が30度を示す中、船長はカウンターステアを切って平衡を保つのだと教えてくれた。

双子の息子が4歳になってレースを再開した。大人6人が快適に寝ることができる15mのモーターホームでレーシングカーを載せたトレーラーを引き、800キロ離れたレース場を往復した。モーターホームがなければレース再開の許しは出なかった。

アメリカに拠点を移してから飛行機で199回太平洋を渡った。一度だけ、成田を飛び立って1時間ぐらいして機材の故障で引き返したことがあったが、それ以外は快適な空の旅だった。そして400人の命を乗せて飛行機を操縦するパイロットに、いつも畏敬の念を抱いたものだ。

船、クルマ、飛行機。交通機関の発達は我々人間の生活を、空間的に時間的に精神的に拡大してくれた。ことにクルマはふつうの人々の日々の生活を発展させてくれた立役者ではある。

しかし、人が移動に使う船にしても飛行機にしても、それを操る人はふつうの人ではない。厳しい国家試験に合格した人だけが、人を乗せて移動することを許される。
ところがクルマだけは、動かしたいと思った人はそれほど困難をともなわずに免許証を手にすることができる。人間や物を載せて、人間がとうてい及ばない速さで移動する点では同じなのにだ。

我々は職業運転手ではないと言えばそれまでだが、自分ひとりであっても人を乗せて移動する交通機関を操るという意味に違いはない、というのがユイレーシングスクールの考えだ。

だから、スクールやスクールレースの時におりに触れてこう言うことにしている。

『クルマを運転している時、みなさんは交通体系の中でクルマの性能を損なわない範囲でなら自由を謳歌することができます。しかしその時、みなさんの後ろには誰もいないんです。全ての責任を負わなければなりません。そのことを忘れないようにして下さい。一方でクルマを運転するということは、自分で脚本を書き、自分で演出し、自分で主役を張り、自分が観客になり、自分で自分を称えることができる、社会生活の中でも稀な機会です。大人が一生懸命になる価値があります。粋にクルマを動かすためにも、今一度、これからどのようにクルマと付き合っていくのか、改めて考えてみてはいかがですか』。


クルマは操り方によってはアンダーステアになり


操り方によってはオーバーステアになる

「クルマだからできること」 終わり


第128回 クルマだからできること 4

手元にある資料の最も古い数字を探すと、半世紀前の1966年の自家用自動車の登録台数は271万台とある。この年、日本の人口が9,903万人で、2輪と4輪を合わせた運転免許の保有者数が2,286万人。免許が取得できる16歳以上の人口に対する保有者数の割合が31.5%と記されている。
最も新しい数字は2013年で、自家用自動車の登録台数が5,991万台。50年前に比べて22倍以上に膨れ上がっている。人口も12,730万人28.5%増加したけれど、運転免許保有者も3.6倍の8,186万人に増えた。
50年前。10人に3人しか運転免許を持っていなかったのに、今や10人中7.5人がクルマを運転する時代になった。
1965年に高校1年で軽自動車免許を手に入れてから50年。クルマの発達とクルマ社会の拡大を目の当たりにしてきた者として隔世の感がある。

昔はクルマを運転することが多少なりとも特殊なことだったのだが、今ではクルマがそこにあることは当たり前で、運転すること自体ごくふつうのことになった。クルマが空気や水のような存在になったと言うと大げさに聞こえるかも知れないが、クルマがそれだけ我々の生活に浸透していることは疑いない。

同時にそれは、人のクルマへの接し方にも変化をもたらした。所有欲を満たすクルマ。移動の利便性を優先させたクルマ。自己表現の対象としてのクルマ。等など。クルマから派生する価値観の多様化は止まるところを知らない。

しかしその反面、クルマを動かすのは人間であるはずなのに、クルマという道具を使うことに没頭する人の数は昔と変わらないような気がする。免許人口が増加しクルマが増え続けてきたのに、モータースポーツにいそしむ人の数もサーキット走行を楽しむ人の数も、こと日本においてはその増加に見合っただけ増えているとは思えない。

クルマが空気や水のような存在になってしまったからなのだろうか。日本の環境の問題なのか。クルマが生活の一部になったから、もはや運転は目的にはなり得ず手段でしかない、ということなのだろうか。何かもったいないような気がする。クルマが道具である限り、思いっきり使ってみなければその本当の価値はわからないと思うのだが。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

このブログを見てYRSドライビングスクールに参加してくれたKさん。YRSオーバルスクールに始ってYRSドライビングワークショップ、YRSトライオーバルスクールと基本カリキュラムの全てとYRSタイムトライアルに参加してくれた。そのKさんが2月7日に開催するユイレーシングスクールのスクールレースに申し込んでくれた。ルーテシアRSをどう扱うのかじっくり見させてもらうことにしよう。


予選タイムの逆順に並んでワクワクのローリングラップ


スタート 反応の早い人も遅い人も我先に


レースはいつも混戦


次のヒートは前のヒートの着順でローリングラップ


ここにいたる駆け引きと透明な時間こそレースの醍醐味


1コーナーに並んで進入

3コーナーでも並んだまま

写真は2008年10月に富士スピードウエイショートコースで開催したYRSスプリントロードスタークラス。ふだんの足に使っているクルマで、そのへんにいるおじさんとお兄さんとお姉さんの走りです。

「クルマだからできること最終回」に続く


第126回 クルマだからできること 3

アメリカに拠点を構えていた時、一度4Gの加速度が味わえるというドラッグスターに乗りたくなった。しかし周囲にいるレース関係者も出入りしている会社もみなロードレースが専門でドラッグレースの門外漢。そこでドラッグスター専門のドライビングスクールの門を叩くことにした。そのスクールでは専用に作られたスーパーコンプ、いわゆるレールと呼ばれる長いフレームを持つドラッグスターに乗ることができた。
ことの顛末は別の機会にゆずるとして、初日の教室で、ドラッグレースのファニーカークラスで世界チャンピオンになったことがある講師が最初に言った言葉が強く強く印象に残っているので紹介したい。

彼は、ドラッグスターを操ることは芸術だと言った。

彼は神妙な面持ちで座る受講生を前に、『ピアノを弾きながらハーモニカを吹くようなもので一度にいくつものことを正確に行なわなければならない。簡単なことではないが、それを目指してこれから練習する。ドラッグスターに乗ることはそういうものだ』と言った。

物心ついてからレーシングカーを操るプロの走りをみて、行きつくところまで行くとクルマの運転はそういうものなんだろうなと薄々感じていたから新鮮さはなかったが、改めて他人から言われると激しくうなずくしかなかったし、目指すところが鮮明になったのを記憶している。
彼は、何はともあれ全てをまとめ上げることが何よりも優先されるのだから、どれかひとつだけに集中すると他がおろそかになる。そうならないような意識を持って焦らないように、と続けた。危険と隣り合わせのドラッグレースに必要な心構えを説いたのだ。

YRSスクールレースを始めてしばらくは、突っ込みすぎて失速したり、不用意な操作でライバルのラインを踏んでしまったり、勝ちたいという気持ちが、いつもはできていることができなかった卒業生も少なくなかった。そんな時、直接参加者に話したり、メールマガジンで伝えたり、先の講師の言った言葉を繰り返した。

なにしろ歴史もない実績もないユイレーシングスクールだったから、のっけから『クルマの運転は芸術だ』なんて言おうものなら疑いの目で見られることは間違いなかった。しかし、それが高名な世界チャンピオンの言葉で、実際のドライビングスクールでも使われていた言葉となれば躊躇する必要はない。

最初のうちは『何言ってんのかね』というような顔をしていた常連も、何年かすると合点がいったようだ。口に出してはっきりとは言わないが、なんとなくそれ風のことを目指しているというようなことを聞いたことが少なくない。
ある卒業生は自身のブログに『これだけだと誤解しそうだが、いろいろ考え、学んだ挙句、これに行き着く気がする』と書いてくれた。

さて、クルマの運転は芸術、とは言ってみたのはいいけれど、もちろんそれは社会一般の通念の芸術とは違う。あくまでも一人ひとりが胸に秘めるような類の、個人に帰する価値観だ。

しかし、クルマを思いのままに動かしたいと思った時や特にクルマの性能を存分に発揮してみたいと思う時には、あらゆることを同時進行で正確に行なわなければならないという意味で、クルマの運転が芸術というのはあながち外れてはいないとユイレーシングスクールは考えている。

※ YRSエンデューロとYRSスプリントが軌道に乗ったところで始めたYRSオーバルレース。一時ほどの参加者は集まらないが2004年から10年、昨年末までに76回開催した。中には雪の日も豪雨の日もあったが、どんな状況でもクルマを思いのままに走らせたい人が集まるYRSオーバルレース。天候のせいで中止にしたことはない。

ウエットだって全くグリップしないわけじゃないし


グリップしないならそれなりに走ればいいんだし


条件はみな同じ


クルマをきちんと動かすことができれば


本場アメリカではやらない雨のオーバルレースができる

ユイレーシングスクールのクルマを生かすは続きます。


第125回 クルマだからできること 2


YRSエンデューロ ルマン式スタート

受講生や卒業生に白い目で見られながらも、スクールレース実現のために語り続けました。

『地面に書いた幅10cmの白線があとします。「その上を踏み外さないでできるだけ速く歩いて下さい」と言われても躊躇する人は少ないと思います。しかし高さ50mで幅10cmの平均台をできるだけ速く走りきって下さいと言われたら、かなりの人が戸惑うのではないでしょうか。クルマの運転とはそんなものです。自分の足が地面についているわけではありませんから、それなりの慎重さが必要になります』。

『サーキットで速く走るということは、平均台が10mの高さにおいてあるのと同じようなものです。日常ではできることができない。日常で培った知識と経験を生かすことができない。しかしやることは日常と同じ。だから錯覚が起きるのも当然なのですが、思い違いをしたまま走って自らを危険にさらしたら、そんなサーキット走行が楽しいわけがありません。平均台を渡るのが目的ならば、早く渡ることはできないかも知れませんが跨って渡ったっていいはずです。他人の目を気にするのはナンセンスです』。

『サーキットは対向車が来ない、歩行者が歩いていないなど一般の道路とは異なる環境にあります。ここにひとつの落とし穴があります。ひょっとすると無意識の中でサーキットは自由に走れるところだと決めてかかっていることはありませんか。サーキットではクルマの限界とみなさんの限界を超えて速く走ることはできません。速く走ろうと思うのならばクルマを動かす手続きを省くことはできませんし、あなた方一人ひとりの実力以上に頑張っても速くは走れないのです。つまりサーキットを走るということは決して自由ではありません。クルマの限界を超えた自由ははなから存在しないのですから、まずクルマをキチンと走らせることを心がけるべきです』。


パワーがあるだけでは耐久レースに勝てない

『サーキットを走っているのにレースで他人と競争するのが怖いと思っている人がいます。ですが、他人と一緒に走るのが怖いと言う人がサーキットを限界で走ることのほうが危ないと思いませんか』。

『レースに参加する時、最も大切なのはスピンやコースアウトをせずに安全に走行を終えることです。レースではひとつの目的に向かってたくさんの人が走っています。あなたのスピンが原因で、あるいはあなたのクルマの故障が原因で何かが起きてしまったら、と想像してみて下さい。ひとりよがりは駄目です。そういう人に限って運転も自分本位で、クルマ本来の性能を使えていないものです』。

『自分の意識と自分の速さを認識した人は、間違いなく安全に速く走ることができます。後はみなさんがが自分を追い詰めた時にも、その認識を持ち続けることができるかどうかだけです』。

『ある走行会で整備不良のクルマがオイル漏れで燃えてしまった例もあります。傍若無人な運転をする人がスピンやコースアウトする場合も少なくありません。日本のモータースポーツには手軽さが必要ですし、少しずつ垣根は低くなってきているようですが、逆に手軽さを気軽さとはき違えてることがないようにしたいものです』。


YRSスプリント スモールボアクラスのスタート

『モータースポーツに参加するのも、クルマを運転すること自体も危険をはらんでいます。ですがクルマの運転がはらむ危険のほとんどは人間の意識で回避できます。レースの安全を確保するためにも施設やクルマの装備を充実するだけでは十分ではありません。レースに参加する人全員の意識の持ちようが最も大切です』。

『モータースポーツはもともと不公平なスポーツです。絶対的なイコールコンディションはありえません。だから結果を求めるよりプロセスを楽しむべきですし、そこに価値があるはずです。プロではないのですから財産や身の危険を冒してまで先を急ぐ必要はありません』。

『モータースポーツ、特にアマチュアのモータースポーツは善意の上に成り立っています。無意味なブロックをしたり強引にインに入ったり、他人を犠牲にして自分が優位に立つのが許されるのならばそれはモータースポーツではありません。ライバルより上位でフィニッシュするより、ライバルに「あの人とはもうレースはしたくない」と思われないようにレースを終えるのがグラスルーツモータースポーツのボトムラインです』。

『なぜレースに出たほうがいいのかと言うと、自分とまじめに向き合う機会、それもかなりの極限状態で自分と対峙する機会が持てるからです。今の世の中、自分しか頼れない、という状況に身を置くことは少ないでしょう。それを実現できるのがレースです』。


YRSスプリント ラージボアクラスのスタート

『サーキットを走るにしても、一人で走るぶんには自分本位で走ることができます。追い求めるものは絶対的な速さだけですから、疲れたら休めますし、タイムが出なくても自分で納得すればいいのであって、全てを自分のペースで進めることができます。
それはそれでいいのかも知れませんが、逆の見方をすれば、一人で走っているので自分の本来のポテンシャルに気づいていない可能性もあります。もしそうならば、もったいないと思いませんか。
ひとつの目的に向かって他人と走る時にはラップタイムよりも大切なことがあります。レースに求められるものは相対的な速さです。その人が競り合いという流れのなかで、その瞬間、その場で、その状況で何ができるかを連続して判断できるかが勝敗を分けます。自分の都合で走っていては追いつかないものです。流れの中で判断し、流れにまかせる。それが、本来運転に必要な無意識行動を育てることにつながります。
現代のクルマはレースをしたぐらいでは壊れません。あなたが何をクルマに求めているかを確かめるためにも、一度ヨーイドンをしてみませんか』。


YRSスプリント ロードスタークラスのスタート

※掲載した写真は2007年1月27日に開催したYRSエンデューロ&スプリントの模様です

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

YRSスクールレースの案内は以下の頁にあります。
・2月7日(土)YRSエンデューロ規則書&申込みフォーム
・2月7日(土) YRSスプリント規則書&申込みフォーム

ユイレーシングスクールのグラスルーツモータースポーツ礼賛は次号も続く


第124回 クルマだからできること 1


YRSオーバルレースのワンシーン

16年目を迎えた今年。3種類のYRSスクールレースの中でしばらく中断していたYRSエンデューロとYRSスプリントを再開することにした。
YRSスクールレースは一度でもユイレーシングスクールのカリキュラムを受講したごくごくふつうの人にモータースポーツでしか味わえない醍醐味を味見してもらおうと始めた。手短に言えば、ジムラッセルレーシングスクールの真似だ。
当然のことながら、参加するクルマはふだんの足。レース用に特別な装備はしてはいけないことになっている。ライセンスも要らない。必要なのは長袖と長ズボン、ヘルメットにグローブだけ。

本格的なレースに参加するためにはそれなりの準備が必要で、その手間と費用を考えて「レースなんて自分には関係ない」と思っている人にヨーイドンを体験してもらおうというのが最大の目的だ。もちろん、運転技術の向上に役立つことは言うまでもない。

ところが、初めのうちは卒業生に呼びかけてもなかなか前向きな反応が返ってこなかった。自分の経験からして、レースに出ることで一皮剥けるのは間違いなかったのだが。
そこで卒業生にこんな話やあんな話を投げかけてみた結果、YRSエンデューロもYRSスプリントも大成功を収めた。

『他のスポーツの場合、昂揚感を得るためには一流のアスリートになる必要がります。そのためには莫大な時間と努力が必要です。それに加えて身体能力が高くなければ本当の醍醐味はわからないかも知れません。しかしモータースポーツでは手順を間違えなければ、アマチュアでもその領域に達することができます。それがモータースポーツをみんなに勧める理由です』。

※ 自慢にはならないが、実は運動が大の苦手。小学校に入学する前から病弱で体育の時間はもっぱら見学。そのせいか、いまだに逆上がりもできないし跳び箱も跳んだことがない。そんな話を卒業生にすると怪訝そうな顔をするけど本当の話だ。小学校に入る前から眼鏡をかけていたほど視力が悪かったから、レースに憧れてはいたけれど、プロのレーサーになることなど想像すらできなかった。でも、そんな自分にクルマは大いなる自由を与えてくれた。


サイドバイサイド、テールツーノーズ、ドアツードアのYRSオーバルレース

※ 3番目のYRSスクールレースとして始めたのがYRSオーバルレース。広場にパイロンで楕円形のコースを作り1周20秒足らずの競争を繰り広げる。
日本では馴染みのないオーバルレースだから参加者集めに苦労することがわかっていたから、YRSエンデューロとYRSスプリントが軌道に乗って卒業生がレースを楽しめるようになった2004年に始め今にいたっている。

卒業生をモータースポーツに引きずり込むための悪魔のささやき(!?)は次回に続く。