トム ヨシダブログ


第43回 クルマという道具を動かす

第6回で触れたように包丁はモノを切るために作られた道具だ。我々の周りには様々な道具があるが、道具にはそれぞれ作られた目的がある。
クルマと言えばもちろん、人を乗せて移動することを目的として作られた道具だ。

クルマは移動のために使われてこそ、初めて道具としての価値を持つ。それがA地点からB地点への移動であろうと、サーキットで速さを競う時も、重たい荷物を運ぶ時も、クルマを動かす目的は移動だ。

一方、クルマは道具なのだから目的に応じた使い方がある。使い方を『テーマ』という言葉で置き換えてもいい。
安全運転。これも大切なテーマのひとつだ。渋滞のきっかけにならないように時間的車間を意識して高速道路を走るのも立派なテーマだ。燃費を考えた運転もそうだろう。
クルマの運転にまつわるテーマを挙げればきりがないが、『同乗者が快適に感じる運転』なんていうのも見過ごせないテーマだ。実際、「ユイレーシングスクールに参加してから主人の運転がすごくスムーズになって隣に乗っていて不安がなくなりました」というメールをもらったことも一度ではない。

本題にもどろう。誰でも目的があってクルマを動かすのだろうが、その時にテーマを持って運転するとクルマという道具への理解が深まるという話だ。クルマのことをよく知ろうとするなら、クルマを使いこなしたいと思うならテーマを持って運転することが非常に重要になってくる。

例えばの話。それをやるかどうかはあくまでも個人の判断なのだが、パイロンで作られた丸いコースがあってそこを走る機会があったとする。単純なコースだから面白みに欠けるし走っても楽しくないかも知れない。
しかしユイレーシングスクールのYRSドライビングワークショップとYRSツーデースクールのカリキュラムにはこの『定常円旋回』が含まれる。
直径44mの真円に沿って15度おきに並べられたパイロンを前にして、初めて見た参加者はほとんど「ここを走るの?」という顔をする。だから、座学で「テーマはコンスタントにできるだけ高い速度で周回を続けることです」と念をおす。

ところが実際に参加者に走ってもらうと、これがうまくいかない。ある速度まではいいのだが、速く走ろうとするとアンダーステアが出てかえって速度が落ちてしまう。そこでインストラクターの走りを見てもらい、
・ステアリングを切りながら加速するとクルマはアンダーステアを発生する
・アンダーステアが出たら速度を落とすか舵角を減らさないと回復できない
・アンダーステアを出さないように前後輪のグリップバランスをとる。
ことを説明し、かつ「安全な場所なのですから積極的にクルマを動かしてみて下さい」と捕捉する。

■ これがインストラクターの走り

最終的には、ドアンダーだった人が軽度のアンダーステアに収まるようになり、スロットルをただ開けていた人が状況に合わせてコントロールするようになる。やり方を知れば、まず間違いなくどんな人もクルマを理想に近い形で動かすことができる。多くの場合、単純にやり方を知らなかっただけだ。テーマを持てばその対策を練るだろう。対策がわからなければ先輩に聞くのもよし、ドライビングスクールに参加するのもよし。大事なのは、その人がほんとにクルマという道具をきちんと使おうとしているかだ。

クルマの運転を練習する時、絶対的な速さが必要なのではない。50キロの速度でも直径44mのコースはクルマにとって動きにくい。動きたがらないクルマさんに動いてもらおうとする時、道具を使おうとする意識が芽生える。

あなたはどんなテーマを持って運転していますか?


第42回 ドライビングスクールとスクールレース

■ YRSスプリント ロードスタークラス

ユイレーシングスクールが開催するYRSオーバルスクールやYRSドライビングワークショップでは「どなたでも、どんなクルマでも参加することができます」と呼びかけている。実際、過去にはワンボックスカーやSUVで参加された方や、65歳を過ぎた高齢の方、お父さんに連れられた免許取得年齢前の息子さんが参加されたこともあるのだが、それでもいまだに「サーキットを走った経験がないのですが受講できますか」とか「サーキットを10時間ぐらいしか走ったことがないのですが参加してもいいですか」という問い合わせがあるのも事実。
スクールの名称に『レーシング』という言葉が含まれているのが原因なのかも知れないが、スクールレース以外のカリキュラムには参加資格などない。ユイレーシングスクールとしてはできるだけ多くの人に受講してほしいというのが正直な気持ちなのだが。

運転が上手くなりたいとかサーキットを速く走りたいというようなことはまったくもって個人的なもので、人それぞれ差があるのが当然。しかし、ユイレーシングスクールとしては運転に興味を覚えた人がドライビングスクールに足を運んでくれるのだから、その人が納得のいくところまで上達する環境を用意することが務めだと思っている。だから免許とりたての人も楽しめるYRSオーバルスクールやYRSドライビングワークショップがあり、運転をとことん楽しみたいという人にスクールレースを用意している。

参加者の減少にともなって現在は開催していないが、YRSエンデューロやYRSスプリントレースのスクールレースも『もっと運転を極める』ことと『もっとクルマの運転をたのしむ』ために創ったカリキュラムだ。

昔、YRSドライビングスクールに参加した人に「レースをやってみませんか」と呼びかけると、ほとんどの人が尻ごみをしたものだった。しかし自分の経験からして、自動車レースに参加することほど運転技術はもちろん、クルマを操ることに対する意識を生長させられるものはないと確信しているから説得を続けた。
しだいに仲間が増えユイレーシングスクール卒業生を対象としたスクールレースを開催できるまでにいたった。今回紹介する富士スピードウエイショートコースで開催したYRSスプリントのロードスタークラスもそのひとつ。
2列縦隊のローリングスタートで始まるYRSスプリント。スリーワイドで1コーナーに飛び込むクルマを見て、富士スピードウエイのスタッフが「ぶつかる!」と叫んだのも、今となっては嬉しい思い出だ。他の走行会などでそのような状況になれば、まず間違いなく接触にいたっていただろうとのこと。ユイレーシングスクールの卒業生を誇らしく思ったものだ。

それが勝負である限り、勝とうと思って参加しても勝てるものではない。勝ためには、まず自ら勝てる状況を作らなくてはならない。それはどんなスポーツでも同じ。勝利という目的を明確にすることで技術はさらに磨かれる。意識レベルも上がる。

スクールレースなのだから『なんでもあり』で勝ちにいくことはみっともないことだ。相手を犠牲にして自分が優位に立つことが運転技術の証明ではない。だから、YRSのスクールレースではまず、スピンやコースアウトは見られない。そこにあるのは、参加した全員が共有する透明でピーンと張りつめた時間だけだ。スポーツである限り、勝負にも秩序がなければならないし、混乱してもまず最初に秩序を保とうとする意識が働かなければ勝負に勝つことはできない。スクールレース参加者全員で、「これぞモータースポーツ」という作品を創りたい。ユイレーシングスクールの思想だ。

オリンピックが終わった。一流のアスリートの勝負に感動しながら、しかし、それは少しばかり辛い時間でもあった。

モータースポーツの頂点であるF1では小林選手がひとり頑張っているが、彼に続くドライバーが現れない。彼を支援する企業も現れない。今に始まったことではないけれど、世界有数の自動車生産国でありながら、クルマの使い手に話を限れば、現状は悲惨だ。

オリンピック種目はどれも広大なすそ野に支えられたスポーツばかり。しかも、それぞれの観客の多くをそのスポーツの経験者が占める。だからスポーツに自分を投影できる。当事者意識も増すから競技にのめり込める。日本でもモータースポーツに興味のある人は少なくないが、残念ながら彼らが経験者である確率は極めて低い。
個人的には自動車レースをオリンピック競技にすることには反対だが、この先、日本のモータースポーツの参加人口が増えることによって社会的認知度が上り、日本人ドライバーが世界に伍して脚光をあびる日が来ることを願い続けた2週間だった。