最後の最後でご挨拶ができた(喜)
18日の木曜日に御殿場に入ってから、金曜日のコース作り、土曜日のYRSオーバルレース、日曜日のYRSオーバルスクールと毎日富士山が見えない日が続いた。こんなことは初めて。ま、雪で大変な思いをしている地域もあるんだしと、少しだけ残念な気持ちでスクールの片付けを終えて246を走っていると右手に突如富士山現る。こりゃ見逃せないといつもの場所に急行。少しばかり日が長くなったのを感じながら撮った写真がこれ。
オーバルコースだけでなくロードコースでも使える
ユイレーシングスクールオリジナルの計測装置
今回のYRSオーバルレースは半径22m直線160mの楕円形オーバルで開催。いつもより参加台数が少なかったけど、いつものように予選では光電管で千分の一までタイム計測。中心線ではかって1周411mのクォーターマイルトラックを速い人は22秒で周回。
今回のYRSオーバルスクールには半数以上のユイレーシングスクール初体験の方が
しかも神戸や長野からの参加も
嬉しい限り
YRSオーバルスクールは半径22m直線60mの楕円形オーバルでイーブンスロットルとトレイルブレーキングの練習をしてから、より速度の出る半径22m直線130mのオーバルをできるだけ速く走って練習します。
老いも若きも男性も女性も大歓迎のユイレーシングスクール
サーキット11時間以上のベテランもサーキット未経験の方もみんな笑顔
今回で2回目の高齢者マークの方もずいぶん速くなりました
メガーヌRSで来てくれるSさんの写真を撮るのを失念
FSWから自宅まで410キロほど。高速に乗る前に腹ごしらえ。
今回は御殿場駅富士山口を出て徒歩5分の「ひろ田」さんにおじゃました
今までに御殿場でうなぎを食したところは5軒あるけど今の好みはここ
ふっくら具合がなんとも
地元の本わさで食べる白焼きはたまりません
わさびの量に注目
※ IE(Internet Explorer)でビデオを視聴するのが困難のようです。Chromeやsafari、Firefoxなどのブラウザをご利用下さい。
初めてアメリカのモータースポーツを取材したのは遠い昔の1976年6月。カリフォルニア半島の先端付近で開催されたバハインターナショナルオフロードレース。現代のパリダカの起源のようなオフロードレース。池沼純一さんが日本人として初めて挑戦した。
見ること聞くこと全てがダイナミックでスケールが大きくて眩しくて、アメリカのモータースポーツをもっともっと味わいたい、日本に伝えたいと思った。
オートスポーツ96年4月15日号
日本にもスーパースピードウエイができると聞いて
ストックカーレースの総本山であるフロリダのNASCARに押しかけ
NASCAR創設者ビル・フランスJr.の息子で
当時マーケティングマネージャーをやっていたブライアン・フランスにインタビューした
「トム、我々はストックカーレーシングをモータースポーツだとは思っていない
MLBやNFLなどと同じメジャースポーツとして位置づけているからね」
の言葉が印象に残る
ブライアンは現在のNASCR会長
カーグラフィック1994年3月号
1998年調べで全米に1,029ヵ所のオーバルコースが存在し
ローカルのオーバルコースでは毎週のように行われているストックカーレース
その頂点ではなく底辺でもなく
明日のデイトナウィナーを目指すドライバーが集うクラスに乗ってやろうという企画
とにかく手っ取り早くストックカーを味わうためNASCARの総本山に近い
フロリダ州エッヂウォーターにあるフィニッシュラインレーシングスクールを受講
ストックカーレースにまつわる情報を吸収しながらNASCARの人気カテゴリーである
・モディファイ
・レイトモデル
・スポーツマン
に一気乗り
ボルシアレースウエイはターンのバンクが10度でストレートが5度
1周800mのいわゆるハーフマイルトラック
オーバルレースの魅力は人間が主役であること
マシンはローテクの塊りだけど調整幅があるから
クルマを知っている人なら工夫して速く走らせられる
NASCRのトップカテゴリーを除いてお金があるから速いという図式はない
タイヤだって何レースも持つカチカチがレギュレーションで決められているし
破損するといけないといまだ鉄チンホイールしか許されない
速く走らせるテクニック以上にクルマを速く走らせる努力が求められる
ローカルのクォーターマイルオーバルに行くと
昔走っていたというお年寄りが若者のセッティングを手伝ってやっている
スタンドでは親父が小さな息子と観戦している
つたない文章では伝わらなかったかも知れないが
NASCARストックカーを通じて
グラスルーツモータースポーツから
取材した当時ですらMLBより視聴率の高かったウィンストンカップまで
日本からは想像もできな広大で広大な裾野を広げ
意思のある者はどこかに開いている門戸が見るかるアメリカンモータースポーツの世界を伝えたかった
そこには太さの異なる金太郎飴が何十種類もあるだけでなく
桃太郎飴や浦島太郎飴や片目をつむった金太郎飴が並んでいる
※カーグラフィックの写真はFさんの蔵書を撮ったものです。Fさんありがとです。
昨年YRS幸田サーキットに参加してくれたFさんが、ご自身が保存している自動車雑誌の中からボクが昔書いた記事を見つけてくれた。
アメリカに行く前も行ってからもあちこちの雑誌に書いたけれど、手元には残ってないので懐かしいやら嬉しいやら。感謝です、Fさん。
カーグラフィックの1993年9月号
当時西海岸で大人気だったスタジアムオフロードレース
街中にあるスタジアムに大量の土を運び込んでジャンピングスポットが連続するコースを作る
砂漠まで行かなくてもオフロードレースの醍醐味を味わえる
それに参加していた米国トヨタのファクトリーチームPPIのマシンの試乗記がこれ
1979年にアメリカオフロードレースの大御所ミッキー・トンプソンが砂漠を街中に再現
ピックアップが稼ぎ頭のメーカーはこぞってスタジアムオフロードレースに参戦
2台のモンスターを走らせたPPIは9回ものマニュファクチャラー選手権を獲得
「ガワ」はトヨタのピックアップだけど中身は別物
パイプで組んだチューブラスペースフレームにV6の2,850cc300馬力のエンジンを搭載
前進1段後進1段のATでデフをもたないソリッドアクスルを介して後輪を駆動
1,260Kgの車重を支えるのは前後とも483mmのストロークをもつサスペンション
コイルスプリングは3種類が同列にならびショックはストロークスピード感応式
フェンダーを手で押すと沈むほどにイニシャルスプリングは柔らかい
ベンチュラにあるPPIのテストコースで乗ったのだけど
クルマは人間の能力拡大器だと信じているボクにとって
横G縦Gに加えて浮揚感まで感じられるクルマはたいそう楽しかった
ずいぶん時間は経ったけど
あの時の経験は今でも役に立っている
◎
年末年始にファイルを整理していたら懐かしい画像が出てきた。
いつだったか忘れたが、YRSの卒業生が「こんなブログがありました」と知らせてくれた。
ユイレーシングスクールは能書言われるから、とか否定的な意見があることも知ってはいるけど、こんな受け取り方をしてくれる人もいることがわかって嬉しかったのを覚えている。
念のため、録音時間5時間30分。ドライビングポジションの決め方からタイヤのグリップの正体の説明からスピンをしない運転のしかたから、道具の使い方というものやら、何から何まで運転にまつわる情報を詰め込んだ YRS座学 ON CD は、卒業生向けだけではなく、一般にも販売しています。