トム ヨシダブログ


第597回 令和2年版交通統計から見えてくるもの

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交通事故発生状況の推移の頁には
昭和23年西暦1948年からの交通事故件数/死者数/負傷者数が載っている
表に死亡交通事故件数が追加されたのは昭和38年西暦1963年のこと
しかし類型別交通事故件数等は昭和45年西暦1970年を指標とし
毎年最新の13年間の数字のみ記載されている
 
交通事故総合分析センターのサイト で探すと
最も古い数字として昭和21年西暦1946年の交通事故件数12,504件が載っている

・免許人口は1980年の4千3百万人から2008年には倍の8千万人の大台を超え、2018年には過去最多の8千2百30万人あまりを記録したが、2019年から減少し始めた。
・車両保有台数は2017年に9千1百50万台の最多を記録。その後減少に転じている。
・交通事故件数は2004年に最多の95万3千件を記録したが、2020年には2004年の3分の1に満たない31万件にまで減少を続けてきた。
・死亡事故につながった交通事故件数は1992年の10,892件が過去最多だったが、それ以降は毎年減少を続け2020年には2,784件にまで減少した。
・交通事故で亡くなった方の数は1992年の11,452人が最多だったが、その後は減少に転じ2020年には過去最少の2,839人を記録した。
・車両単独の交通事故が最も多かったのは2001年の5万3千件あまりだが、それ以降は連続して減少を続け2020年には過去最少の10,099件を記録した。
・死亡事故にいたった単独事故件数は1992年の2803件が過去最多で、その後減少を続け2019年には最少の814件を記録したが、2020年には825件に増加。
・近年の交通事故に占める単独事故の割合は1993年の5.92%をピークに年々減少を続け2018年には2.62%を記録したが、2019年、2020年と増加に転じている。
・交通事故全体に占める単独事故の割合は記載が始まった1970年の7.30%から減少を続け、2018年には過去最少の2.62%を記録したが、2019年からは増加に転じ2020年には3.27%に達した。
・死亡事故全体に占める単独事故による死亡事故件数の割合は1985年が最多の27.26%だったが、その後減少に転じ2011年には最少の20.04%を記録。しかしながらその後増加に転じ2016年~2019年は25%前後で推移していたが、2020年には29.63%に増加し、死亡事故のうちの3割が防ごうとすれば防げたであろう単独事故によるものだった。
交通事故件数、単独事故件数とも昭和35年西暦1960年以降で最少を記録した2020年。しかしながら見逃せない数字がある。交通事故が100件起きるとそのうちの3件が車両単独で他は相手のある事故なのだが、死亡事故に限ると100件の事故のうちの30件が単独事故によるものという、いささか残念な数字がそれだ。
・単独事故を類型別にみると転倒は2008年の31.82%をピークに減少傾向にあったが、2018年から増加し2020年には過去最多の36.30%を記録した。2輪車の転倒事故が増加しているのが原因か。
・単独事故のうち2割強を占めていた路外逸脱による事故は年々減少を続け2020年には過去最低の5.62%を記録した。
・その形態を問わす交通事故で亡くなった方の数は第2次交通戦争期の1990年に記録した11,227人をピークに減少を続け2020年には4分の1の2,839人になったが、交通事故で亡くなる高齢者数は増加を続け2020年には70歳以上の死者数が全体の48%に達した。

自動車技術の発達で運転という行為自体が平易なものになり手軽に移動することができるようになった。交通体系の熟成が進んだ結果として交通事故件数が減少したのも間違いないところだろう。救急救命医療の発達が交通事故による死者数の減少に貢献しているのも明白だ。しかしその一方で、運転に対する危険意識が薄らいでいることはないのだろうか。
交通事故が減ったと言っても皆無になったわけではない。数字的に見れば単独事故そのものは年間1万件にすぎず、日常的に運転している人にとっても現実感が薄いかも知れないが、運転という行為をしている以上誰にでも事故を起こす可能性がないわけではない。相手がいる「車両相互」や「車両対人」の事故なら避けられない要素がからんでくるかも知れないが、避けようと思えば自分の意志で避けられたはずの「車両単独」の事故は起きるべきではないと考えている。
手軽さを気軽さと履き違えて自動車を自分の意志通りに自由に動かせると思い違いをし、運転という技術と集中力が必要な人間の行為を軽んじた結果、独り相撲で事故を起こしてしまっては本末転倒だ。自動車の便利さや楽しさを享受することは大いに奨励するけれど、人間より速く移動することができる自動車を操るのだから、畏怖の念だけはなくさないようにしたいし、してほしいと思う。

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表1:全ての交通事故に占める単独事故の割り合い
および総死亡事故件数に対する単独死亡事故件数の割り合い
 
表1のpdfファイルダウンロード

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表2:単独事故件数の推移および類型別単独事故の割り合い
 
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表3:単独死亡事故件数の推移および類型別単独死亡事故の割り合い
 
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表4:第1当事者から見た類型別死亡事故件数
 
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表5:年齢層別交通事故死者数の推移と割り合い
 
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※自動車保有台数とは自家用および事業用の乗用車、貨物車、大型小型特殊、特殊用途車、二輪車を含んだ数字をいう
※文中あるいは表中の交通事故死者数は24時間死者の数で事故後24時間以内に亡くなった方をさす



第592回 交通統計

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令和2年版の交通統計が届いた
 
COVID-19に翻弄された2020年
交通事情もそれなりに変化が
数字にも表れているのだろうか



第587回 ワクワク感

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前回のブログ をアップしてからルノーRSの印象はとあちこち見ていたら
前回のブログ で言いたかったことにぴったりのSNSを発見
エクゾー777 さんに連絡して承諾をもらい全文紹介です
 
ルノー滋賀栗東でエンジンオイル交換と点検を終えた9代目相棒のメガーヌRS
今回のマイナーチェンジでメガーヌRSトロフィーと同じ瞬発力を得た
これからじっくりと味わいます
今週は筑波のスクールだし
 

——————————– ここから ——————————–

 納車を待ちながら、相反する気持ちが錯綜している。勢いで契約してしまったこともあるが、①「一日も早く新しい車でドライブしたい自分。」ソワソワして何となく落ち着かない日々。②「自問自答する自分。」4年前、財政的に厳しい家計状況の中、奥さんに何とか資金を捻出してもらい、やっとのことで、手に入れた憧れの「STI限定車」をこうもあっさりと手放してしまって良かったのか。

 普通なら、乗り続けるのが正解だろう。小さな不満はあったにせよ、90%は幸福感と満足感に満ち溢れていたのだから…。

  以前のブログにも書いたが、メガーヌRSの初試乗の時、ハンドルを握り、走らせた時、どこか懐かしく、ただ、ただ、「楽しかった。」純粋に運転が楽しいと感じた。こんな気持ちは久しぶりだ。初めての試乗だったからかもしれないと、そのあとも、何回か試乗したが、楽しさは全く変わらなかった。S4-tsもS#モードに入れて、アクセルを全開にすれば、スピードも出るし、アイサイトも付いていて安心快適であった。スタイルも恰好いい。(不満な点は以前にも書いたので、ここでは割愛)

 メガーヌRSにあって、S4-tsにないもの。それは、ずばり「ワクワク感。」奥さんに「何それ?全然わからないんだけど。そのために車を買い替えるの?そもそもこんな金額出すなら、安全性や先進性、最新性を考慮して、スバルなら新しいレヴォーグのSTIスポーツ、輸入車が欲しいなら、新型のGOLF8やAUDIのA3も買えるしょ。なんでメガーヌRSトロフィーなの?」と言われてしまった。奥さんの言うことが正解だろう。普通の人なら、そうすると思う。

 車に何を求めるかの価値観は人によって違う。安全性を求める人もいれば、快適性を求める人もいる。スタイルやステイタスを求める人もいるだろう。自分は何だろう?あまり定まってはいないが、メガーヌRSに乗って「楽しかった、ワクワクした」。それが、この車を選ぶ理由だ。エンジンをかけて、ハンドルを握って走る。それだけで楽しいと思えたのがこの車だった。今思うと、若い頃、180SXやツアラーVを走らせていた頃の運転感覚と言えばよいだろうか。

結婚して、家庭を持ち、いつの間にか忘れてしまっていたあの感覚。

 納車が待ち遠しくて仕方がない。

 でも、いつも思う…。納車を待つこの期間がまたイイのだと。

——————————– ここまで ——————————–

エクゾー777さん 機会があればユイレーシングスクールに遊びに来ませんか。お待ちしています。



第586回 「車はちょっと悪めが素敵」

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我が終の相棒
 
NAリッター100馬力エンジン
レッドゾーン7500rpm
クロスレシオ6速MT
ダブルアクシスストラット
車重1240Kg
トレッド/ホイールベース比0.588

2017年2月に 『今は昔』 と題したブログをアップした。

その中身はFB友達でクルマ雑誌界の知己とのやりとり。簡潔に言えば、純粋にクルマの運転そのものを楽しむ風潮が衰退したことへの嘆き節、になるのか。無情無常を憂いているのだけれど、でもあながち間違いではない。自動車技術の発達とともにクルマが平易な道具になり運転することへの意識が薄らいできている今、運転するということの意味、運転という人間の営みに思いをめぐらす必要は大いにある。青春時代から、そして自動車媒体の責任者としての肩の荷を下ろすまで何10年もの間クルマ一筋に走ってきたそれぞれがあの日どんな思いでいたのか、目を通してもらえると筋が見えると思う。

まして、内燃機関を動力とするクルマの先行きに展望を持てない現在においては、クルマの価値についても再考する必要があると考えている。

閑話休題。それにしても、不明にも4年前にはクルマ社会がこれほどの変貌をとげるとは思っていなかったし想像もしなかった。油断があった。それほど現代社会を取り巻く大気汚染の問題が深刻だったのにもかかわらず。いずれそんな日が来るだろうと漠然とは感じていたけど見通しが甘かった。

今年1月。EUが2020年に導入した新しい二酸化炭素(CO2)規制をわずか0.5g超過したとしてVWが200億円(‼)の罰金を受けることになったというニュースを目にした。クルマを売ると罰金? 排出ガスの規制は車種ごとの違いや排気量の違いで数値が異なり、1Kmあたり排出量50g以下のクルマは複数台に数えられるという補足があるから単純な計算では算出できないだろうけど、少なくとも二酸化炭素の排出量を減らさなければ罰金を払わなければならないのだから、EUに軸足を置くメーカーはこぞってEVやPHVの増販にやっきにならざるを得ない。
※2021年規定によるとEUでクルマを販売するメーカーは全販売台数平均で1Km走行時にCO2の排出量を95g以下に抑えなければならない。クルマに造詣の深い人に聞いた話だけど、1Kmあたり95gというのは燃費に換算すると24Km/Lになるらしいから簡単には達成できないだろうな。

その上、現状では脱炭素化がユーザーにも負担を強いている。1998年に欧州自動車工業会が欧州委員会と協議し自主規制によるCO2排出削減目標を設定し、同年フランスが自動車登録税の課税標準の算出にCO2排出量を織り込んだのを皮切りに、ヨーロッパ各国は横へ倣えで取得や所有に係る自動車税の税率にCO2排出量を加味することになった。国によっては排気量による課税を追加している例もあるようだ。聞くところによると、ヨーロッパではメガーヌRSの税金はCO2排出税が加わり500万円の車両価格に対して100万円近くになるという。取得や保有に係る税金が車両価格の5分の1ほどにもなるのだから、まだCO2排出税が現実のものではない日本に住むユーザーは幸いということか。

VWが規制未達成を発表した1週間前の1月14日。ルノーグループは2025年までのビジネス戦略を発表した。その中にはCセグメントでのシェア拡大を目指しながら、2025年までにグループで導入する25車種のうちの10車種がフルEV(‼)になると付け加えられていた。またルノーとアルピーヌの立ち位置を明確により鮮明にするとも。

4月26日:ルノーグループはルノー・サンクの再来と目するルノーR5をフルEVとして2025年に発売すると発表
5月1日:ルノーグループはルノー・スポール・カーズをアルピーヌ・カーズの名の元に再編したと発表
5月6日:ルノーグループは次世代メガーヌにフルEVを設定し近い将来発売すると発表
6月7日:ルノーグループはメガーヌE-TECHエレクトリックプロトタイプを発表

1月14日の発表には、フルEVのBセグメントハッチバックとフルEVのCセグメントクロスオーバーがアルピーヌの新型車として登場するとも明記されていた。さらにアルピーヌはロータス社との協業を進め、A110の後継車はフルEVになるとの記述もあった。大筋としては今後、RS=ルノースポールのバッヂをまとったモデルが出てくる可能性は限りなく低く、ルノーグループが新たに投入するスポーツカー、スポーティカーはアルピーヌの名を冠したフルEVになる可能性が高い、ということになる。

どうやら流れは完全にEV化に向いていると言わざるを得ない。EVはスクールの時に乗ったBMWのi8と日産リーフしか経験がないから、これからやって来るであろうクルマ社会を想像することは難しいし自分がEVにどんな印象を持つのか大いに不安がある。大気汚染の悪化を防ぐためにはEVがマストだと言われても、深夜のサービスエリアでエンジンをかけっぱなしにしている無数のトラックを見るとなんだかなぁと思うし、クルマを作るのにもエネルギーを消費するわけだし。排気ガスをきれいにする、出さないようにすることが求められていることは重々承知しているけれど。  130年余り自動車という世紀の発明を動かして続けてきた内燃機関。それを動力とした自動車が将来的には姿を消していくことは確かなようで寂しさもあり、爆発力と瞬発力が魅力のホットハッチの新型車はもう出現しないかも知れないという落胆もあり、延命策はないのかなとかあれこれ考えてしまうと頭の中のモヤが深まるばかり。

だから、ここはひとつ。ひんしゅくを買うかも知れないことを覚悟で、SさんとMさんが同意してくれることを期待しつつ、今のうちに買える人はルーテシアでもメガーヌでも構わないからルノーのRSモデルを買っておきましょう、と声を大にして訴えておきたい。

高校1年で免許をとってから56年間。内燃機関の爆発力と雄たけびに心奪われてきた身としても、ルノー・ジャポンのおかげで1台のGTとRSの全てのタイプ8台を堪能することができた身としても、ルノー・スポール・カーズが送り出すあのエンジンと足回りを今のうちにできるだけ大勢の人に味わってほしいと切実に思う。個人的には速いクルマが好きだ。かと言って圧倒的に速い必要はない。日常の現実的な等身大の速さが卓越していて手足のように動いてくれればそれでいい。走りを高い次元でまとめてあるRSはふつうのクルマよりちょっと悪めだから、自分とそして運転に向き合うにはうってつけなのだ、と言ったら誤解を生むか。

それほど遠くない将来、もうあの背筋がゾクッとくる刺激が味わえなくなる日が来そうなのだから。そして、わが国では車歴13年を超えると維持するのが重荷になってしまうけど、旧モデルのRSを含めできるだけたくさんのRSの個体がクルマ好きの手によって日本の道を走り続けてほしいと思うから。RSはただただ楽しむために走らせる価値が十分にあるクルマであることは間違いないし、スクールに来てくれれば楽しみを倍加させる方法は教えることができますから。

同時に、すでにRSを手にしている方はぜひその良さを満喫しつつ大切に乗り続けてほしいと心から思う。

 

【追記】   ブログに登場してもらったMGミジェットとアバルト595を所有していたSさん。最後のステージとしてミジェットとアバルト595を次々に処分してNDロードスターを買ったそうな。SさんはSさんらしく、人生オープン日和を貫く覚悟やよし。  ただただ楽しむために走らせるんですよね、Sさん。

 

586gt
1台目相棒

135-12
2代目相棒

305-02
3代目相棒

586-L1
4代目相棒

586-l
5代目相棒

586-m
6代目相棒

483-2
7代目相棒

550-0
8代目相棒

583-1
9代目相棒



第583回 Oさんからの手紙

Oさんは2003年5月。55歳の時に筑波サーキット公式ドライビングスクールで初めてユイレーシングスクールに参加してくれた。2006年に始めて今年3月までに19回開催したYRSツーデースクールFSWには2011年11月に初めて来てくれた。2015年の年末に開催したYRSツーデースクールFSWを欠席した以外は18回参加。2016年からは皆勤賞。その他にもYRS筑波サーキットドライビングスクールやYRSオーバルスクールFSWにも参加してくれて計82回ユイレーシングスクールに参加してくれた。70を過ぎてからは自慢の愛車に高齢者マークを貼って、若者に負けない速さを見せつけてくれていた。

そして最近。ボクよりひとつ上のOさんからメールが届いた。そこには速く走ることが大好きなOさんなりの思いが。全文を紹介する。

 高齢者マークランサーのOです。高齢者の事故多発については他人事ではないと考えています。実は私も先ごろやってしまいました。といっても定番の「ブレーキとアクセルを踏み違えた」というのではなく、ブレーキパッドを4輪交換したのに慣らし不足でコースに出て、フェードと片効きでスピンを喫しました。新品パッドは十分な慣らしをしないといけないのは重々承知で今までも励行していたのですが、ついもういいだろうと適当に済ませて飛び出したのがいけなかったのです。
 その時感じたのが。これも歳のせいかなということでした。それは老化による視力の低下や身体反応の鈍化といった肉体的なことより、「怠け心」というような精神的なことです。歳をとると体が動かし辛くなったり、あちこちと痛みが出たりして何かにつけ所作が大儀になり、全てに適当で済まそうという「怠け心」が発生してくるように思います。注意したいのはそれが自覚されないことです。
 七百年前の人生訓「徒然草」の中で兼好法師は「怠け心は無意識に生じるので自覚することが難しい」と言っています。弓を習う人が先生から注意されるのを見て、「懈怠(けだい)の心、みづから知らずといへども、師これを知る」と指摘します。更に、やらなければならないことをずるずる先延ばしにして怠けるのはありがちなことですが、それでは一瞬の判断や動作にさえ怠け心が入ってくるのを自覚することはできない、「いはんや一刹那のうちにおひて、懈怠の心あることを知らむや」と指摘するのです。
 老人が起こす様々な事故は、肉体的な老化や認知低下だけではなく、周囲の安全、ブレーキやアクセルの操作、車の状態など様々な確認の一瞬に「適当でいいや」という怠け心が入るのを、精神的な老化ゆえに無自覚に許してしまうためではないかと考えました。七百年前の兼好法師は老化現象や安全運転について述べたわけではありませんが、徒然草の言葉を肝に銘じて運転したいと思います。

 

ユイレーシングスクールではスピンをしたことなどなかったのに。Oさん、ボクも沈潜反復。ゆめゆめ油断しないよう肝に銘じます。また遊びに来て下さいね。

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第579回 レーサーだって歳をとる!

今年の初め、大久保力さんから新年の挨拶に代えてと小冊子が送られてきた。その題名が 『レーサーだって歳をとる!』 ‼

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大久保さんは1963年に開催された第1回日本GPに出走している日本のレーシングドライバーの草分け。現在は日本のモータースポーツに足跡を残したドライバーで構成するLRDC(レジェンドレーシングドライバーズクラブ)の会長を務めておられる。そのLRDCが近年かまびすしい高齢者による交通事故に焦点をあてて、どうすれば事故を減らすことができるかというテーマで討論会を開催。その内容がまとめられたのがこの小冊子。いただいた時、これは多くの人に読んでほしいと思いデータの提供をお願いしておいたのだけど、このほど正式に一般公開されたのでこの場で紹介したいと思います。

人は誰でも歳をとります。誰もが避けられない道を歩んでいるわけです。加齢とともに運転に苦手意識を持たれる方もいるでしょう。自動車を運転することで受ける恩恵を末永くと努力している方もいるでしょう。 第556回で書いたように加齢が高齢者の交通事故の直接的原因ではない と今でも考えていますが、歳を重ねるごとに自分自身のドライビングポテンシャルを検証することは自動車を運転する者としての義務だと思っています。

レーシングドライバーは運転の達人です。若いころから人の何倍も運転に情熱を傾けてきた人達です。今でも運転すれば人後に落ちない方々だと思います。
今若い方もいずれは高齢者になります。高齢の方はご自身との対比ができるかも知れません。運転される方、運転が好きな方は小冊子に登場する12名のレジェンドレーシングドライバーの声に耳を傾けてみてはいかがでしょう。   小冊子へのリンクは下に用意しました。

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LRDCマガジン 『レーサーだって歳をとる!』   pdfファイルでご覧になれます



第568回 見過ぎない

2014年4月にアップした 第97回 目線×視野=情報処理速度 で目線の持っていき方について書いた。ぜひ最初に目を通してほしい。

先日、ある番組で卓球の選手がどこを見て飛んでくる球を打ち返しているのかに触れていた。卓球の試合の中継だと卓球台の長方向をとらえるので選手の目線を確認することができないけど、番組では横から撮っていたので興味深いシーンが見られた。

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早打ち練習に対して身構える
この目線

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飛んできた球を打ち返す直前
この目線
違いは目が見開かれていることだけ
(画像上の文字「ダリ」上方の白っぽい帯が球筋)

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何本も何本も次から次へと飛んでくる速い球を打ち返す
MCが打ち返すコツはと聞くと
見過ぎないことが秘訣と

(画像はTBSテレビの画面を撮影したもの)

的に命中させるために的を凝視して矢を射りたい。飛んでくる球を的確に返したいから球を見ながらラケットを振りたい。と、ふつうなら思うだろう。
でも、その道の達人は見ているようで見ていないのかも知れない。まるで意識の中に映像ができていて、もはや道筋が見えているかのように。

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(画像はFIA-WRCからキャプチャ)

そう言えば、F1パイロットをして彼らの走りはすさまじい、と言わせるWRCのドライバー達も、ものを見ているようで見ていないような。目は宙をさまよい、薄く開けた口からは脱力感がにじみ、滑りやすい細い道を時速100マイルで走っていると想像することは難しい。
時間がある時にでもWRCの車載動画やドライバーの顔を向いたカメラ映像をYouTubeで探してみることをお勧めする。例えば、

(動画はFIA-WRCからキャプチャしたもの)

もっと長くドライバーを映しだした映像がたくさんあったし、それらは上記の映像と異なり運転席の前からドライバーのアップを撮っていたので、それらを見ると彼らの表情がよくわかって情報収集のやり方が想像できるのだけど、うかつにもURLを控えていなかったのが残念。



第566回 高齢者と運転

高齢者の事故のニュースが絶えない。高齢者ばかりが事故を起こしているわけでもあるまいし若者だって、と公益財団法人交通事故総合分析センター発行の交通統計の最新版を開いてみた。

自分なりに理解を進めようと作ったのが次の表。本来ならば交通事故件数でまとめるべきなのだろうけど、ここは悲惨な事故に至った例に注目するために1966年から2019年まで年齢別の交通事故死者数を集計してみた。そして、そこには驚くべき数字が現われた。
令和元年版交通統計によると、2019年の交通事故死者総数3,215人に対して70歳以上の死者数が1,515人で、実に47%を占めることが判明。交通事故で亡くなる人の約半分はお年寄りだという現実を突きつけられた。
下の表にあるように、2010年には70歳以上の人口が全人口に占める割合が16.5%だったのに対し、2020年には22.6%に3割増加。80歳以上の人口になると6.4%から9.4%へと実に4割も増えている。高齢者人口が増えたことも数字を押し上げた要因のひとつだと思うけど、高齢者の入り口に立つ身としてやるせない。

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左の表を印刷するファイルをダウンロードできます
《年齢層別交通事故死者数の推移と割り合い》 pdfファイル (A4横位置2枚)

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総務省統計局が発表している最新の数字から作表
2020年の年齢階層人口を基に2010年と比較
70歳以上の人口は対2010年比で3割
80歳以上の人口は4割超も増加している
 
人口が増えたのと交通事故死者増加の因果関係は果たして

 

警察庁が発表している2019年の免許所得者数は82,158,428人。その年、原付等の2輪車や特殊用途車まで含めると91,383,268台の車両が走り回っている。警察庁が把握している同年の交通事故の総件数は381,237件。負傷者数は461,775人。交通事故件数自体が年々減少しているし、交通事故を起こす可能性は限りなく低いように思えるけれど、決してゼロになるわけではない。誰にでも事故を起こす可能性はある。

高齢者の仲間入りをした身として自分にできることは事故を起こさないように運転することぐらいしかないのだけど、ふだん、他の高齢者の運転を見ていると「この人は運転に集中していないな」、「この人はなにげなく運転しているな」、「この人は横着をきめているな」、「この人は我が儘すぎるな」等と思うことが多い。総じて高齢者ほど結果的に運転をなめている人が多いように思えるのは残念だ。

リタイアしたであろう老夫婦が横を向いてしゃべりながら運転しているのを見ると、事故を起こさなければいいけど、と思わざると得ない。



第557回 速さの限界

陸上を最も速く駆ける生物であるチーターの速さは100キロ/時だと言われているが、個体によっては120キロ/時が可能らしいから驚きしかない。高速道路を走るクルマと同等の速さ。その速さで草原を駆ける時、チーターがどこを見て何を見てどんな情報を得て、身体はどう反応しているのだろうか。足の裏はどうなっているのか。痛くはないのか。どうやって筋力を地面に伝えているのか。捕食のため本能のままに走っているのだろうけど、生き物としては驚異的な、その速さを生み出す決定的なメカニズムを知りたいものだ。

陸上を最も速く走った人類がウサイン・ボルトであることに異論はないだろう。2009年8月16日の100m走で記録した9.58秒は平均時速にすると37.58キロ/時になるけれど、65m地点で44.17キロ/時の最高速度に達していたという記述もある。ふつうに自転車をこいでいる時の速さが15キロ/時だと言うからその3倍だ。
人間が時速45キロで疾走している時に何が起きているのか。意識は、身体は、筋肉はどうなっているのか。同じ人間なのに全く想像できないのが残念だ。そして、この記録は果たして破られるのだろうか。おそらく人間の速さの限界。

一般的な人間の場合はどうか。  ってボクの場合は、小学校に上がる前から眼鏡をかけていたし、低学年では医者の指示で運動が制限されていたから今もって運動オンチ。自慢にはならないけど、跳び箱も飛んだことがないし逆上がりもしたことがない。100mって言われても走り切れるかどうかってレベルだろうし歳だから、とりあえず40秒ならなんとか。とするとその速さは9キロ/時。まぁ、要するにそれがボクの速さに対する限界で、それ以下であれば安全によどみなく快適な生活が送れるということになるのだろう。それ以上は『危うい世界』になるのだろうね。

だからと言うわけではないけれど、スクールの座学でこんなことを話すことがある。
「人間の速さには限界があると思っています。クルマを運転するということはその限界を敢えて越える行為です。言わば未知の領域、何が起きるか予断を許さない世界に踏み入るわけですから、慎重の上にも慎重になる必要があります。一方で限界を越えることが高揚感を誘い、思いもよらない衝動にかられることがあるのでいましめが必要になる時があります。クルマを動かすということはクルマとの共同作業です。クルマの力を借りて人間ではとうてい及ばない速さで移動するのですから、人間が主役では決してありません。人間ができることはクルマを目的に応じてキチンと動かすことだけです。クルマを思い通りに動かすためには、運転中の状況や情報を取り込み、的確な判断を下し、理にかなった操作をすることが必要です。座学でお話しすることは、その全てのたたき台になるものです」。
「クルマはよくできた道具ですから操作したことがそのまま正確に挙動として現れます。オーバルコースで加速減速旋回を繰り返しながら徐々にペースを上げていきます。自分が思った通りにクルマが動いてくれない瞬間があれば、その手前でクルマが求めていない操作をしたことになります。慣れるまでは操作の開始を手前から、操作の終わりを奥にして、クルマの挙動を穏やかにするように探りながら操作してみて下さい。上手くやろうとする必要はありません。身体の力を抜いてまずクルマの動きを感じて下さい。操作と挙動の因果関係が見えてきます」。

ユイレーシングスクールは速く走る方法を教えているけれど速さが危ういものであってはならないし、秩序なく速く走ることを奨励するものでもない。クルマは速く走らせると操作が正しいか間違っているかはっきりと挙動に表れる。安全な場所でいつもより速く走ってもらうことで、操作と挙動の因果関係の例をできるだけたくさん経験してもらい、クルマを思い通りに動かすために必要な操作とやってはならない操作の仕分けをしてもらうことがスクールの目的だ。
思い通りにクルマを動かすのには、まずクルマが人間の手で瞬間瞬間にどう動いているかを感じてもらうことが必要になる。クルマの運転は定点観測ですむテレビゲームと異なり、自分が移動しながら操作をしなければならない。どうしても味覚以外の五感をフル動員し、六感の助けも借りて、自分が抱くイメージとクルマの動きを一致させる努力を絶え間なく続ける必要がある。それができればクルマは人間ひとりでは及びもしない世界を見せてくれる。

クルマはと言えば、 2019年4月22日のブログ 第367回 メガーヌRS加速 では209キロ/時の最高速度と0.581Gの加速度とマイナス-0.973Gのマイナス加速度を経験させてくれた。 2020年12月4日のブログ 第539回 腰で曲がる では1.35Gの横向き加速度を体験させてくれた。  『クルマは人間能力拡大器』 とユイレーシングスクールが唱えるゆえんだ。クルマを動かすという意識が明確で理にかなった操作ができさえすれば、身体能力や年齢に関係なく、クルマは自分の限界を越えた世界を見せてくれる。

そして。クルマの速さと言えばF1を外せない。F1からも学ぶことはある。あの速さは自分とは無縁の世界ではあるけれど、速さよりもコクピットの中でドライバーがどこを見て何を見て何を感じ、身体がどう反応しているのか想像するのは意味がある。あの速さなら判断を下す間はないはずで、無意識行動、つまり本能で運転しているのに違いない。いったいどんな思考をしてどんな身体能力をしているのか、肺活量は大きいのか握力はどうなのか、視力は等々。強烈な加速度に翻弄されないで操作するのにはコツがあるのか。同じ人間なのに、と思う。近づくことなどできないけれど、あの領域を目指したいとは思う。100mランナーがウサイン・ボルトの走りに思いを馳せるのはこういうことか。 クルマという乗り物が人間にもたらしてくれるものはとてつもなく大きい。

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あるサーキットで行われたF1レースQ1での車載映像
左コーナーを7速全開時速254Kmで回っている時
横向き加速度は4.4Gを示している
 
コーナリング中のフルスロットルなのにアンダーステアが出ていない
サスペンションのメカニカルグリップとタイヤのグリップ
そして巨大なダウンフォースのなせる業か

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あるサーキットで行われたF1レース中Q1の車載映像
300キロプラスからのフルブレーキング
2速に落とす過程で5.2Gのマイナス加速度を発生している
 
近年のF1ではフルブレーキング時の150Kg以上の踏力が必要だと聞いた
狭いコクピットでそんな力をひねり出し
しかもタイヤのロックもさせないコントロールをするドライバーはまさに超人

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あるサーキットで行われたF1レース中Q1の車載映像
ストップ&ゴーのサーキットゆえ高速コーナーがなく
このサーキットでのコーナリング中の最大横Gは5G未満
 
それでもF1は速いしそれを操る人間の限界は高い
右コーナーの出口付近の瞬間は6速全開で時速218Km
わずかだがアンダーステアによる減速Gが発生している

 

最高速度ではF1より速いクルマがあるけど、複合的に高い機能を有し、決められた条件の中での速さに限れば地上で最速なのはF1マシン。それを操るのが人類最速のF1パイロット。その営みを想像する価値は十分にある。

 

静止画は © フジテレビNEXT



第556回 高安診のその後

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一般社団法人高齢者安全運転診断センター
高齢者安全運転診断サービス
その 概要はこちら
 
※高安診の回し者ではありません為念
※画像は高安診から拝借

 

過去にブラッシュアップ講習(392回393回394回395回に掲載)と、Objet講習(507回508回509回に掲載:リンクは全て新しいウインドウに)とふたつの安全運転講習を受講した。どちらも定められた道順をふだんと同じように運転した結果の評価だったけれど、今回受けた高齢者安全運転診断サービスは日常の運転を録画して、それを元に診断が下されるのでより実際の運転の癖なり習慣なり性格が浮き彫りになるかなと。 自分の運転が心配な人なら何歳でも受けられるそうだ。不安がなくても運転に自信満々であっても、自分の運転を他人が見るとどう評価するか受けてみる価値はあると思う。

閑話休題。世の中、『高齢者の運転は危ないよ』のイメージ作りが盛んだけど、それは当を得ているようで得ていない。高齢者になれば、確かに身体的に衰えるだろうし注意力が散漫になるかも知れないし、いっそう我が儘にもなる。けれど、だから運転も危なくなるのだ、と断じるのはいささか乱暴だ。

ボクは、 危ない運転をする高齢者は、歳をとったから運転がおぼつかなくなって危ない運転をするようになったのではなく、元々その人には危ない運転をする素地があったけれど歳をとるまでそれが結果として表れなかっただけ にすぎないと思っている。
運転というものは人間の習性に大きく左右されるものだと思っている。こと安全に関して、若い頃は自分の横着な運転や自分本位の運転を許していた人や運転をなめていた人とそうでない人の差が表れにくかったかも知れないけど、その差が何10年も積み重なれば潜在的に運転の危ない人とそうでない人の運転力の開きは限りなく大きくなる。高齢になって事故を起こす人はがいして、若い頃から運転を軽んじきたのではないかと思っている。持論だけど。

クルマの進化はおせっかい技術の裏返しと言ったら言い過ぎかも知れないけど、クルマが手軽に、楽に運転できるようになったからと言って、クルマは気軽に運転したり何げなく運転したり、行き当たりばったりで運転してもかまわない種類の道具ではないと主張したい。
朝起きてお茶を飲むために電気ポットのスイッチを入れたり洗濯するのに洗濯機の設定をしたり、帰宅して冷たいビールを飲むために冷蔵庫を開けたり。そんな家電製品を扱うのと同じ日常的感覚でクルマを動かしているならば、それは結果的、将来的な危うさを育てていることにつながるはずだ。

高齢者の仲間に入りつつある身としては、これからも高齢者の運転が本当に危ないのかというテーマに注目していきたいと思う。同時に、もっとたくさんの高齢者(昨年の最高齢受講者が78歳)にユイレーシングスクールを受講してほしいと思うし、来週のYRSオーバルスクールには22歳の娘さんと一緒に受講する常連組がいるように、老若男女、たくさんの人に運転の何たるかを探るためにユイレーシングスクールを活用してもらると嬉しいのだが。

・2月20日(土)開催 YRSオーバルスクールFSW開催案内へのリンク
・2月21日(日)開催 YRSオーバルスクールFSWロンガー開催案内へのリンク