トム ヨシダブログ

第126回 クルマだからできること 3

アメリカに拠点を構えていた時、一度4Gの加速度が味わえるというドラッグスターに乗りたくなった。しかし周囲にいるレース関係者も出入りしている会社もみなロードレースが専門でドラッグレースの門外漢。そこでドラッグスター専門のドライビングスクールの門を叩くことにした。そのスクールでは専用に作られたスーパーコンプ、いわゆるレールと呼ばれる長いフレームを持つドラッグスターに乗ることができた。
ことの顛末は別の機会にゆずるとして、初日の教室で、ドラッグレースのファニーカークラスで世界チャンピオンになったことがある講師が最初に言った言葉が強く強く印象に残っているので紹介したい。

彼は、ドラッグスターを操ることは芸術だと言った。

彼は神妙な面持ちで座る受講生を前に、『ピアノを弾きながらハーモニカを吹くようなもので一度にいくつものことを正確に行なわなければならない。簡単なことではないが、それを目指してこれから練習する。ドラッグスターに乗ることはそういうものだ』と言った。

物心ついてからレーシングカーを操るプロの走りをみて、行きつくところまで行くとクルマの運転はそういうものなんだろうなと薄々感じていたから新鮮さはなかったが、改めて他人から言われると激しくうなずくしかなかったし、目指すところが鮮明になったのを記憶している。
彼は、何はともあれ全てをまとめ上げることが何よりも優先されるのだから、どれかひとつだけに集中すると他がおろそかになる。そうならないような意識を持って焦らないように、と続けた。危険と隣り合わせのドラッグレースに必要な心構えを説いたのだ。

YRSスクールレースを始めてしばらくは、突っ込みすぎて失速したり、不用意な操作でライバルのラインを踏んでしまったり、勝ちたいという気持ちが、いつもはできていることができなかった卒業生も少なくなかった。そんな時、直接参加者に話したり、メールマガジンで伝えたり、先の講師の言った言葉を繰り返した。

なにしろ歴史もない実績もないユイレーシングスクールだったから、のっけから『クルマの運転は芸術だ』なんて言おうものなら疑いの目で見られることは間違いなかった。しかし、それが高名な世界チャンピオンの言葉で、実際のドライビングスクールでも使われていた言葉となれば躊躇する必要はない。

最初のうちは『何言ってんのかね』というような顔をしていた常連も、何年かすると合点がいったようだ。口に出してはっきりとは言わないが、なんとなくそれ風のことを目指しているというようなことを聞いたことが少なくない。
ある卒業生は自身のブログに『これだけだと誤解しそうだが、いろいろ考え、学んだ挙句、これに行き着く気がする』と書いてくれた。

さて、クルマの運転は芸術、とは言ってみたのはいいけれど、もちろんそれは社会一般の通念の芸術とは違う。あくまでも一人ひとりが胸に秘めるような類の、個人に帰する価値観だ。

しかし、クルマを思いのままに動かしたいと思った時や特にクルマの性能を存分に発揮してみたいと思う時には、あらゆることを同時進行で正確に行なわなければならないという意味で、クルマの運転が芸術というのはあながち外れてはいないとユイレーシングスクールは考えている。

※ YRSエンデューロとYRSスプリントが軌道に乗ったところで始めたYRSオーバルレース。一時ほどの参加者は集まらないが2004年から10年、昨年末までに76回開催した。中には雪の日も豪雨の日もあったが、どんな状況でもクルマを思いのままに走らせたい人が集まるYRSオーバルレース。天候のせいで中止にしたことはない。

ウエットだって全くグリップしないわけじゃないし


グリップしないならそれなりに走ればいいんだし


条件はみな同じ


クルマをきちんと動かすことができれば


本場アメリカではやらない雨のオーバルレースができる

ユイレーシングスクールのクルマを生かすは続きます。


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