トム ヨシダブログ

第557回 速さの限界

陸上を最も速く駆ける生物であるチーターの速さは100キロ/時だと言われているが、個体によっては120キロ/時が可能らしいから驚きしかない。高速道路を走るクルマと同等の速さ。その速さで草原を駆ける時、チーターがどこを見て何を見てどんな情報を得て、身体はどう反応しているのだろうか。足の裏はどうなっているのか。痛くはないのか。どうやって筋力を地面に伝えているのか。捕食のため本能のままに走っているのだろうけど、生き物としては驚異的な、その速さを生み出す決定的なメカニズムを知りたいものだ。

陸上を最も速く走った人類がウサイン・ボルトであることに異論はないだろう。2009年8月16日の100m走で記録した9.58秒は平均時速にすると37.58キロ/時になるけれど、65m地点で44.17キロ/時の最高速度に達していたという記述もある。ふつうに自転車をこいでいる時の速さが15キロ/時だと言うからその3倍だ。
人間が時速45キロで疾走している時に何が起きているのか。意識は、身体は、筋肉はどうなっているのか。同じ人間なのに全く想像できないのが残念だ。そして、この記録は果たして破られるのだろうか。おそらく人間の速さの限界。

一般的な人間の場合はどうか。  ってボクの場合は、小学校に上がる前から眼鏡をかけていたし、低学年では医者の指示で運動が制限されていたから今もって運動オンチ。自慢にはならないけど、跳び箱も飛んだことがないし逆上がりもしたことがない。100mって言われても走り切れるかどうかってレベルだろうし歳だから、とりあえず40秒ならなんとか。とするとその速さは9キロ/時。まぁ、要するにそれがボクの速さに対する限界で、それ以下であれば安全によどみなく快適な生活が送れるということになるのだろう。それ以上は『危うい世界』になるのだろうね。

だからと言うわけではないけれど、スクールの座学でこんなことを話すことがある。
「人間の速さには限界があると思っています。クルマを運転するということはその限界を敢えて越える行為です。言わば未知の領域、何が起きるか予断を許さない世界に踏み入るわけですから、慎重の上にも慎重になる必要があります。一方で限界を越えることが高揚感を誘い、思いもよらない衝動にかられることがあるのでいましめが必要になる時があります。クルマを動かすということはクルマとの共同作業です。クルマの力を借りて人間ではとうてい及ばない速さで移動するのですから、人間が主役では決してありません。人間ができることはクルマを目的に応じてキチンと動かすことだけです。クルマを思い通りに動かすためには、運転中の状況や情報を取り込み、的確な判断を下し、理にかなった操作をすることが必要です。座学でお話しすることは、その全てのたたき台になるものです」。
「クルマはよくできた道具ですから操作したことがそのまま正確に挙動として現れます。オーバルコースで加速減速旋回を繰り返しながら徐々にペースを上げていきます。自分が思った通りにクルマが動いてくれない瞬間があれば、その手前でクルマが求めていない操作をしたことになります。慣れるまでは操作の開始を手前から、操作の終わりを奥にして、クルマの挙動を穏やかにするように探りながら操作してみて下さい。上手くやろうとする必要はありません。身体の力を抜いてまずクルマの動きを感じて下さい。操作と挙動の因果関係が見えてきます」。

ユイレーシングスクールは速く走る方法を教えているけれど速さが危ういものであってはならないし、秩序なく速く走ることを奨励するものでもない。クルマは速く走らせると操作が正しいか間違っているかはっきりと挙動に表れる。安全な場所でいつもより速く走ってもらうことで、操作と挙動の因果関係の例をできるだけたくさん経験してもらい、クルマを思い通りに動かすために必要な操作とやってはならない操作の仕分けをしてもらうことがスクールの目的だ。
思い通りにクルマを動かすのには、まずクルマが人間の手で瞬間瞬間にどう動いているかを感じてもらうことが必要になる。クルマの運転は定点観測ですむテレビゲームと異なり、自分が移動しながら操作をしなければならない。どうしても味覚以外の五感をフル動員し、六感の助けも借りて、自分が抱くイメージとクルマの動きを一致させる努力を絶え間なく続ける必要がある。それができればクルマは人間ひとりでは及びもしない世界を見せてくれる。

クルマはと言えば、 2019年4月22日のブログ 第367回 メガーヌRS加速 では209キロ/時の最高速度と0.581Gの加速度とマイナス-0.973Gのマイナス加速度を経験させてくれた。 2020年12月4日のブログ 第539回 腰で曲がる では1.35Gの横向き加速度を体験させてくれた。  『クルマは人間能力拡大器』 とユイレーシングスクールが唱えるゆえんだ。クルマを動かすという意識が明確で理にかなった操作ができさえすれば、身体能力や年齢に関係なく、クルマは自分の限界を越えた世界を見せてくれる。

そして。クルマの速さと言えばF1を外せない。F1からも学ぶことはある。あの速さは自分とは無縁の世界ではあるけれど、速さよりもコクピットの中でドライバーがどこを見て何を見て何を感じ、身体がどう反応しているのか想像するのは意味がある。あの速さなら判断を下す間はないはずで、無意識行動、つまり本能で運転しているのに違いない。いったいどんな思考をしてどんな身体能力をしているのか、肺活量は大きいのか握力はどうなのか、視力は等々。強烈な加速度に翻弄されないで操作するのにはコツがあるのか。同じ人間なのに、と思う。近づくことなどできないけれど、あの領域を目指したいとは思う。100mランナーがウサイン・ボルトの走りに思いを馳せるのはこういうことか。 クルマという乗り物が人間にもたらしてくれるものはとてつもなく大きい。

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あるサーキットで行われたF1レースQ1での車載映像
左コーナーを7速全開時速254Kmで回っている時
横向き加速度は4.4Gを示している
 
コーナリング中のフルスロットルなのにアンダーステアが出ていない
サスペンションのメカニカルグリップとタイヤのグリップ
そして巨大なダウンフォースのなせる業か

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あるサーキットで行われたF1レース中Q1の車載映像
300キロプラスからのフルブレーキング
2速に落とす過程で5.2Gのマイナス加速度を発生している
 
近年のF1ではフルブレーキング時の150Kg以上の踏力が必要だと聞いた
狭いコクピットでそんな力をひねり出し
しかもタイヤのロックもさせないコントロールをするドライバーはまさに超人

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あるサーキットで行われたF1レース中Q1の車載映像
ストップ&ゴーのサーキットゆえ高速コーナーがなく
このサーキットでのコーナリング中の最大横Gは5G未満
 
それでもF1は速いしそれを操る人間の限界は高い
右コーナーの出口付近の瞬間は6速全開で時速218Km
わずかだがアンダーステアによる減速Gが発生している

 

最高速度ではF1より速いクルマがあるけど、複合的に高い機能を有し、決められた条件の中での速さに限れば地上で最速なのはF1マシン。それを操るのが人類最速のF1パイロット。その営みを想像する価値は十分にある。

 

静止画は © フジテレビNEXT



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