トム ヨシダブログ

第9回 速さと安全

  ユイレーシングスクールが主催するドライビングスクールでは、「今日は自分のイメージより少し速く走る努力をしてみて下さい」と言うことにしている。速く走ることを奨励している。
  もちろん、安全が確保できるクローズドコースで、なおかつ、クルマの動きを見ただけで運転している人がどんな操作をしているかがわかるインストラクターが目を光らせている環境での話。
 
  理由はクルマの運転理論は速く走らないと理解できない部分があるのと、速く走ることによって感じることがあるからだ。
  正確に言うと、速く走ることによって『クルマの挙動を拡大して観察する』ことができるからだ。
 
  クルマを思い通りに動かすためには、何をさておいても、クルマの動きがわかるようにならなければならないのだが、よくできた現在のクルマは、運転手が操作と挙動の因果関係を検証することが難しい、という事情がある。そこで速く走ろうとした時に、速く走れない原因をさがそうというわけだ。その原因こそクルマを動かす時にやってはならないことであり、その原因を取り除くことがクルマを安全に速く走らせることにつながるという仕組み。
 
  もちろん、無制限に速く走ってもらうわけではない。操作の習熟のために作ったカリキュラムの中で、インストラクターが一人ひとりの走りを観察しながらペースを上げていってもらう。決して無秩序に速く走ることを奨励しているわけではない。


YRSオーバルスクール上級編で全員集合。

  2月上旬。この日は過去にYRSオーバルスクールを受講したことのある人を対象に、さらなるドライビングポテンシャルを引き出すための特別カリキュラムを実施。
  通常のYRSオーバルスクールでは半径22m、直線60mのYRSオーバルFSWを運転が最も難しい『インベタ』のラインで走ってもらうのだが、上級編では半径22m、直線130m、幅員14mのYRSオーバルロンガーを使いアウトインアウトのラインで走る。1周400m強のコースでも到達速度は120キロになるから、エネルギーを制御する練習にはうってつけ。ほとんどのクルマが2速と3速を使うから、ブレーキングとターンインとシフトダウンを同時にこなすのが実に気持ちいい。


コース自体は単純だが。

  この日は特別カリキュラムのためにオーバルコースをアウトインアウトのラインで走ってもらったが、通常のオーバルスクールは1日中インベタ(イン側に置かれたパイロンに沿って)で走ってもらう。実は、このインベタで走るほうが難しい。
 
  さて、「今日はオーバルコースを走ります。自分のイメージより少し速く走る努力をしてみて下さい。もちろんできる範囲でかまいませんから」と言われた時、あなたはどうやってオーバルコースを速く走りますか?
 
  オーバルコースはレイアウトこそ単純だが、単純がゆえにクルマの3つの機能をきちんと引き出すことができなければ速くは走れない。ここで言う速さとはラップタイムのこと。1周にかかる時間。1周の平均速度の裏返しでもある。

  例えばYRSオーバルのような楕円形のコースでもいい。ある形をした周回路を走る場合、直線の後に控えるコーナーに進入する時には減速が必要になる。コーナーを回り終えれば加速することができるが、次のコーナーの手前では再び速度を落とさなければならない。その繰り返し。
  速度を上げるにはスロットルを全開にしている時間を長くすればいい。すばやく速度を落とすには急ブレーキをかければいい。速く走ろうとする時、そう考えるのは間違いではない。初めのうちは受講生のほとんどがそう考える。しかし、それだけででは速く走れないばかりかクルマのバランスを崩す可能性が高い。


どこに自分のクルマを持っていくかが難しい。

  少し考えればわかる。周回路を走る時、まず間違いなくストレートよりもコーナーの速度が遅い。速さの目安になるラップタイムは平均速度の裏返しだから、クルマが自由に加速できるストレートではなしに、いかにコーナーの速度を高く保つかが周回路の速さの鍵になる。
  なのに。速く走ろうとする時。人間はできるだけ長くスロットルを開け、短い時間で速度を落とし、コーナリング中もスロットルを開けようとする。
  しかし、それができる人はまずいないし、我々が乗っているクルマはそのような走りをするようには作られていない。そんな走りをする人は、自らクルマの動きを理解して運転していないと白状しているようなものだ。
 
  ストレートを思いきり加速するのはいい。ドライビングスクールでも「クルマをまっすぐにしてスロットルを床までドンと開けて下さい」と言う。ただし、コーナーが迫ってくるのにスロットルを開け続けているのは間違いだ。
  コーナー直前までスロットルを開けているということは、スロットルを閉じてからターンインまでの短い距離で強いブレーキをかけることになる。その時に何が起きるか。
  急ブレーキをかけることで、加速中にリアにかかっていた荷重がフロントに激しく移動する。前輪の荷重が増える。前輪のグリップが高まる。逆に後輪のグリップは低下している。そこへもってきて、コーナー直前の操作に慌ててステアリングを『バキッ』と切る。増えた荷重に苦しみながらも前輪は、コーナリングを開始しようとするものの、舵角が抵抗になってさらにフロントの荷重が増す。特にアウト側前輪は荷重のほとんどを担うことになるから、飽和状態をとうに過ぎているはずだ。

  秀逸なカリキュラムで行うユイレーシングスクールでは見かけないが、ターンイン直後にアンダーステアを出してコーナーを回れなかったり、ターンインするやいなやスピンするクルマがあると聞いたことがある。そんなクルマは、人間がクルマの都合などおかまいなしに操っているわけだ。
  しかし、当の本人は定められたコースを速く走ろうとしていたはずだ。それがスピンしてしまっては速さどころの話ではないではないか。


ターンインからリアがロールを初め、

  コーナリング中にスロットルを開けようとするのも、人間の勝手な思い込み。確かにコーナリング中にスロットルを開けることは速く走る上で必要なのだが、それには根拠が必要だ。
  コーナリング中のクルマのタイヤは、そのグリップのほとんどを遠心力に抵抗することに使っている。つまり、限りあるグリップが主に横方向に使われてしまっている。ただでさえ進行方向のグリップが不足気味のところにもってきて、速く走りたいからとスロットルを開けたら何が起きる。
  スロットルを開けると荷重がリアに移動する。必然。前輪のグリップは減る。開けたとたん、それまでかろうじて円弧を描いていた前輪も、減ったグリップにその舵角では遠心力に抗えずにアウト側に流れる。アンダーステアが発生する。
  速く走ろうとしているのに、アンダーステアを出して大回りするのもどうかと思うが、それよりもコーナリング中にスロットルを開ける気持ちになることのほうが問題だ。
  速く走ろうとして、仮にそのクルマの限界速度でコーナリングしていれば、まずスロットルを開ける気にはならない。わずかなスロットル操作でクルマが姿勢を乱すからだ。何気なくコーナリング中にスロットルを開けられるのは、その時の速度が限界速度よりずっと遅いからだ。
 
  急ブレーキで速度が落ち過ぎたのかどうかは別として、周回路を速く走ろうとしたのだから、行き当たりばったりで運転するのではなく、目標に向かって合理的なアプローチをするべきだと思うのだが。


フロントと同等のロールがリアに発生し、

  コーナリングの後半にスロットルを開けてアンダーステアを誘発してアウトにはらむ人はユイレーシングスクールでも見かける。ストレートが見え始めるとついつい加速を開始したくなる。その気持ちをわからなくはないが、コーナリング中のスロットル操作と同じで、前輪に舵角がついている限りクルマは自由に加速しない。速く走るためにスロットルを開けたいのなら、最初にするべきなのは、コーナリングの後半でステアリングを戻せるラインにまずクルマを乗せることだ。
  ステアリングを戻しただけ、つまり前輪がコーナリングの担当から解かれるほどにクルマは加速できる態勢にになる。
  タコメーターの針が踊っても、エンジン音が高まっても、コーナリング中のクルマは加速しない。速く走っているつもりでも、実車速は上っていない。
 
  自動車メーカーは、できるだけ特別なテクニックを必要とせずに運転できるようにクルマを作っている。誰でも高性能を享受できるように努力を続けている。しかし、それでも最後はクルマを運転する『その人』に全てを委ねなければならない。
  委ねられた人が、もしクルマの扱い方を知らなかったら。その人から運転する楽しさも、安全も、快適さも遠のいていく。


ステアリングを戻してロールを消すとコーナリングが完結する。

  日本では、速く走ることが一律に危険であると喧伝されている。いち時期など、大新聞ですらサーキットを走る人を暴走族と同じに扱っていた。しかし、速く走ることが危険なのではなく、やってはいけない操作を知らないことこそが危険なのだ、とユイレーシングスクールは主張する。
 
  免許証を持っている人全てがサーキット走行を体験することは不可能だろう。それでも、機会があれば、少しでも多くの人に速く走ることに挑戦してほしいと思う。少しだけ速く走ろうとするだけ、自分が気がつかなかったクルマの動きがわかるようになり、クルマを安定させて動かすためにどんな操作をしたらいいのかがわかる。もちろんキチンとしたアドバイスが受けられる環境での話。
 
  それだけでなく、速く走ろうとすることで、むしろ速さと人間の能力を超えたクルマに畏怖の念を抱くことができると思うのだが。


別の日に筑波サーキットで開催したドライビングスクールにやってきた兄弟。
Eさんはサーキットを走るのは初めて。それでも最後には「もっとずっと走っていたい。
自分のクルマがこんなに走るとは思っていなかった。
できるなら明日も走りたいぐらい」と、スポーツドライビングの虜に。

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  ユイレーシングスクールでは以下のドライビングスクールを開催します。クルマの使い方に興味のある方は参加してみませんか?トゥインゴGTもお待ちしています。(詳細は以下の案内頁をご覧下さい。)
  特に3月19/20日に開催するツーデースクールはクルマの動きを理解し、操作と挙動の因果関係を把握するための短期集中カリキュラムとして好評です。
   
■ 3月19、20日(土、日) YRSツーデースクール FSW
http://www.avoc.com/1school/guide.php?c=ds&p=2ds

◆ 4月22日(金) YRSドライビングスクール FSW
http://www.avoc.com/1school/guide.php?c=ds&p=fds

□ 4月24日(日) YRSオーバルスクール FSW
http://www.avoc.com/1school/guide.php?c=os&p=osf
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●クルマはよくできた道具なので、性能を発揮させるためにはそれなりの使い方を知る必要があります。ユイレーシングスクールが10周年を記念して制作したCDを聞いてみて下さい。バックグラウンドミュージックもないナレーションだけのCDですが、クルマを思い通りに動かすためのアドバイスが盛りだくさん。一生ものの5時間34分です。
YRS座学オンCD案内頁:http://www.avoc.com/cd/


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