トム ヨシダブログ

第138回 牛さんとクルマさん

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テレビ番組である畜産企業の特集をやっていた。とにかく、そこで育てられた牛は旧来のブランド牛に勝るとも劣らないほど美味しく、日本はもとより海外でも評判だという。
しかも、4,800頭もの牛を育てる畜産企業は日本にひとつしかないという。合理性が畜産業を変えた、というホストのコメントもあった。まさに日本の第一次産業におけるリーディングカンパニーなのだろう。

番組で流れた情報を整理すると、
・従来の小規模農家の殻を破り、牛を育てることを唯一最大の仕事と位置づけ、飼料の供給や小屋の掃除は外部に委託。
・平均年齢25歳、15人の従業員が行なうのは徹底して牛の管理だけ。牛を観察することに最も時間を費やし、あらゆる手段を講じて牛がストレスなく成長できる環境を用意する。
・従業員は牛と向き合い様々な問題を解決していく過程で自身が牛とともに成長できるから、と入社1年目から牛200頭を任される。
まだまだ話は続くが、次から次へと小気味良いほどに合理的なシステムが紹介された。

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キーボードを叩きながら見ていたのだが、ふと、手が止まった。
今までの地方名ではなく自分個人の名前を冠したブランド牛を育てる社長が、育てている牛のことを 『牛さん』 と呼んだのだ。

一瞬、んっと思った。一般的に畜産業は牛を育てるのが仕事だが、やがて牛は我々人間の胃袋に収まる。恥ずかしい話だが、畜産業の方々は牛を商品だと割り切って育てているんだろうな、と勝手に思いこんでいた。でないと切ないな、と。
しかし、どうやらそれは間違いのようだった。

その社長は、なんのてらいもなく『牛さん』と何度も何度も口にした。
その話を聞いて吹き出したホストにはムカッとしたが、社長は大真面目な顔で「牛さんは、かわいがればかわいがるほど自分で美味しくなろうとしてくれるんです」とまで言い切った。

従業員も『牛さん』を撫で回すこと、撫で回すこと。

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んっ、と思ったのには、他にも理由がある。
『牛さん』が過去の記憶とオーバーラップしたのだ。

1999年12月。日本に来て初めてドライビングスクールを開催する数ヶ月前のこと。当時の読者は700人足らずだったと思うが、ドライビングスクールの宣伝も兼ねてアメリカからメールマガジンを発行していた。

参考】 ユイレーシングスクールメールマガジン第1号(1999年9月1日発行)

当時は今ほど運転についての合理的な情報が豊富ではなく、少しでも理にかなった運転を広めたくて始めたのだが、その中で『クルマさん』という言葉を使っていた。昔から車も車と書かずにクルマと書いてきた。
ところがメールマガジンを読んだ方からお叱りのメールがきたことがあった。「車さんという表現が気持ち悪い。車にさんをつけるとは何事」という主旨だった。

以前から執筆する時に使っていた言葉だし、クルマを擬人化しようと思っているわけでもない = 道具として使い倒すことが最大の賛辞だと思っているし、あがめたてているわけでもない = 床の間に飾るなんて考えられないし、あくまでも自分にとってのクルマとの距離を表したかっただけなのだが、不特定多数に配信するメールマガジンゆえ気持ち悪いと受け取る人がいるのだろう。それ以来ほとんど使わないようにしてきた。

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牛さんとクルマさん。生き物と工業製品、生命体と無機物の違いはあるけれど、社長はもちろん従業員の方々まで自然な流れで『牛さん』と口にするのを聞いていて、ボクが使っていた『クルマさん』 と重なるものを感じた。時と場合によっては使うことを躊躇しないほうがいいな、と思えた。

だからと言うわけでもないが、前回のブログで控え目に使ってみた、というお話。


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