第172回 コンタクトパッチを意識する
自分で言うのもおかしいけれど、クルマの運転に関してはケチだと思っている。
もちろん、ケチと言ってもクルマにお金を使わないということではなくて、無駄な費用が発生するようなことはしないという意味だ。
例えばタイヤ。サーキットを走ったりすると、前輪のショルダーが削れてしまうことがある。アンダーステアになっていてタイヤの向きとタイヤが進む方向が一致していないのが最たる原因なのだが、いったんショルダーが丸くなってしまうとエッジが使えなくなって微舵角での手ごたえをスポイルしてしまうから、そうならないような操作を最優先している。
その結果、ショルダーを使って走るよりも遅くなったとしても(遅いとは思っていないけど)、それはそれでかまわない。タイヤが地面に接するコンタクトパッチの形状(大きさではない)が変わるような走り方はしない。クルマは粋に走らせたい。そう思う。
YRSのスクールでもたまにショルダーを痛めてしまう人がいる。アンダーステアが出ないような操作をして、4輪を使ってクルマを曲げるようにすればそうならないのだけど、「速く走ってやろう」なんて邪心があると(笑)クルマさんの事情を無視してしまうことになる。口を酸っぱくして「対角線に荷重が移動しないようにして下さい」、「こうすれば修正できます」とアドバイスしても理論より熱い思いが先走ってしまう人が少なくない。
昔からタイヤの変形を本当に意識して運転している。もちろん目視することはできないから想像の範囲でのことだけど、できる限りタイヤの断面が横方向に変形しないように心がけて全ての操作をしている。その上で、レースではいかに速く走るか、公道ではいかに危険な状況に踏み入れないか、に集中してきた。
クルマの性能を引き出すにはタイヤに頼るしかないし、タイヤがきちんと路面に接していなければクルマはその性能を発揮しない。逆にタイヤがしっかりと地面をつかんでいれば、想像する以上簡単に安全も速さも手に入る。それが自動車だと思っている。
で、筑波サーキットコース1000で外周だけ走るとオーバルコースに似たレイアウトをとることができる。そこをタイヤの接地面=コンタクトパッチをいかに変化させないかをテーマに3周だけ走ってみた。そのうちの加速度にメリハリがあった周の動画がこれ。
※図右下のコース上で×印があるのがそれぞれの加速度を拾った地点
グラフを見ればわかるけど、加速度というものは決して一定ではない。計測に使ったパフォーマンスボックスというGPSを使ったロガーの精度も関係しているだろうけど、減速以外はかなり加速度に波がある。と言うことは、タイヤにかかっている負担も刻々と変化しているわけで、つまりタイヤも絶えず変形している可能性もあるわけで、加速はスロットルは開けっぱなしにしてクルマに頼るしかないけれど、ステアリングはただ切ればいいというものではないことが想像できる。
中には、速さが手に入るのならショルダーの磨耗も仕方がないと思っている人がいるだろう。でも、そうやって手に入れた速さって、その人の本来の速さとは違う。タイヤを痛めてもかまわない、という前提の上での速さだから。
逆に言えば、タイヤを痛めていいのならそれなりの速さは手に入る。ただし遅かれ早かれ、痛めた時と痛めなかった時の速さにそれほどの差がないという現実に行き当たるだろうけど。
タイヤを意識して走っている限り速くは走れないんじゃないか、と言う意見もあるだろう。けれど心配はご無用。
余裕を持ってコンタクトパッチを意識して走っていれば、タイヤがグリップしている状況がわかるようになる。タイヤの限界を超えないように走っているとどんどんタイヤへの負担が減る。すると、タイヤがずれていない区間でクルマの性能を引き出していないかがわかる。それがわかるから、速く走る必要ができた時に何をすればいいのかがわかっている、という寸法だ。
アメリカでレースをやっていた時も、お金がなかったせいもあるけど、とにかくタイヤの使い方には最大限の努力をした。
予選でタイムが出ないことがあっても、自分なりに、タイヤを痛めない範囲での速さで十分と言い聞かせていた。だから、どんどんマージンがたまっていった。
運転している意識としては「全開」だったことはない。いわゆる、プッシュする前の状態で常に走っていた。だから、50レースぐらいやったし全米6位にもなったけど、1度もスピンをしたことがないのが自慢と言えば自慢。
で、レースになってここぞという時に、かっと目を見開いて次のステップへのスイッチを入れるのだけど、それでもタイヤを痛めることはまれだった。タイヤにタイヤとして最大限の仕事をしてもらうために、タイヤ断面とコンタクトパッチの変形にいつも気を配っていたおかげだったな、と今でも思っている。
だから、ひょっとすると運転が上手くなるための方法のひとつは、ケチになることかも知れない。
今回のベストラップは27秒7だったけど、あと1秒は簡単につめれるだろう。
走りながら、いくつかの場面でタイヤの限界に挑むことを躊躇していた。ショルダーに負担をかけまいとするがあまり、ショルダーを使わない区間でも遠慮があった、というわけだ。
そんなタイヤに余力があったところを修正し、使いきれていなかったクルマの性能を引き出し速さを手に入れる。そんな流れがユイレーシングスクールが目指す本来の運転だ。
【追記】減速Gのグラフでは、1コーナーも最終コーナーもマイナスの最大加速度がターンインの1秒から1秒半ほど前に発生している。その後、減速Gが急激に減るのと並行してクルマがコーナリングを始める。これが4輪を使ったコーナリングの第一歩だ。