第55回 手癖 足癖
その昔。アメリカに住んでいた時に歯医者さんに言われたことがある。
歯医者さん:一生懸命歯を磨いているのはわかりますが、力が入りすぎているのか歯が削れていますね
心の声:何っ?硬い歯が削れるわけないじゃん
歯医者さん:歯のためにはソフトに歯間に歯ブラシの毛先が届くようにしたほうが効果的です
心の声:歯磨きの時間がもったいない。ゴシゴシやってどこが悪い!
テレビコマーシャルで歯ブラシをお箸のように持って優雅に磨いているシーンを見たことはあった。しかし、どう見てもコマーシャル用の演技に思え、自分ではかたくなにゴシゴシの道を歩んできた。
しかし数年前に日本で歯医者さんにかかった時、歯科衛生士さんが磨き方のお手本を示してくれた。たまにとても柔らかな手を唇に感じながら、持たされた鏡で磨き方を観察すると、やはりコマーシャルのように優雅にやさしく、お箸のように持った歯ブラシを小刻みに動かしていた。
その動きに合わせたように、『こうするほうが効果はありますよ』なんてやさしく言われるとその気になって、その日の夕食後さっそく試してみた。お箸のように持っていては力が入らないはずだけど…、と自説を曲げたくない気持ちと戦いながらやってみた。
するとどうだろう。歯ブラシをストロークさせるのがとても楽。こぶしで歯ブラシを握りしめていた時より速く往復させることができる。
で、突如として気が付いた。「ステアリングホイールの握り方と同じかぁ。力を入れてはダメなのね」。
気付くのに何十年かかってんだ、と自分を呪いながらも、クルマの運転に通じるものがあるな、と妙に感心したものだ。
そんなことを考えながら編集したビデオがこれ。
「いくら急いでいても過重が移動しないうちに制動力を立ち上げてはクルマは減速しませんよ」と言うのだけれど、クルマを速く走らせようとするとスロットルを長く開けていたいのか、ブレーキをかける段になるとペダルを蹴飛ばしてしまう人がいる。まるで、早く磨き終えたいからと力任せに歯ブラシを握りしめていた誰かさんのように。
もちろん、今のクルマとタイヤならどんなふうにブレーキをかけても速度は落ちる。ことさらブレーキングテクニックを云々する時代ではないのかも知れないが、サーキットを走らないまでも、クルマを思い通りに動かしたいと思うのならばウエイトトランスファーを制御するためのトランジッションは欠かせない。
くだんの歯科衛生士に、『よく磨いていますね』と言われるのが嬉しい今日この頃。
※動画の中に一部見苦しい部分があります。靴の動きを注視しながらご覧下さい。